29.私達が出会うまで(王国編22)
「劇的ですわね……」
ほうっと、ベアトリスがため息を吐いた。
「……やっぱりいたんじゃないの、気になる御方。あんなに尋ねたのに……」
アリュシアーデは詰るように、幼馴染をにらんだ。
「……ずっと気にしていた訳じゃないんだ。今頃になって『あの子』に会うなんて、全く思っていなかったんだよ」
「それを『運命』と呼ぶのですよ、殿下」
まるで神託のように告げるベアトリスに、セルリアンは苦笑で返す。
「相手には婚約者がいるんですよ」
今度はベアトリスが苦笑を返した。
「だから諦めるとかおっしゃいませんよね?」
「そのつもりだったんですよ、今朝まで」
セルリアンも、本当に『運命』とは、分からないものだとは思う。
「……フィデル夫人。覚えているわ」
アリュシアーデがぼそりとつぶやいた。
夫人は王子兄弟の家庭教師だったので、アリュシアーデとも多少の関わりがあった。
「お歳を召していたのに、いつも背筋をぴんと伸ばした凛々しい方だったわ」
「あぁ」
「……ほんと貴方、私には言っておけば良かったのに」
「いや本当に、夫人の訪問客かは分からなかったし」
「そうね……今更よね」
何故かセルリアンより落ち込んだ様子のアリュシアーデに、ベアトリスが明るく声を掛ける。
「まだ、何も終ってませんよ、アリュシアーデ様。むしろ、何も始まってないくらいですよね? 殿下」
セルリアンも同意した。
「『謎』が、残ってますしね」
「そうです。殿下、『オトネル子爵家』を調べてよろしいですか?」
「はい」
婚約者の存在ばかりに気を取られて、クリスタ自身に関する配慮が全く欠けていた。
まず調べるのは『リュクス伯爵家』ではなく、『オトネル子爵家』だったのだ。
「アリュシアーデ様には、社交界での『オトネル子爵令嬢』及びに『オトネル子爵夫人』のお話を集めていただけますかしら?」
「お任せください。下級貴族にも詳しい御方を知っていますわ」
そして、セルリアンに向かって
「口も堅い方だから、安心して」
と微笑んだ。
ベアトリスが今度はラウルを目の端に入れながら、セルリアンに尋ねる。
「殿下の側近は、貴族院を調べられる伝手はお持ちみたいですが、下町に伝手はおあり?」
「今の子爵夫人の過去ですね?」
「えぇ」
ラウルは右手を胸に当て答える。
「同僚に平民に詳しい者がおります」
「では頼みます。そして肝心の子爵家の調査には……私の侍女をお貸ししましょう」
ベアトリスが「リカ」と名前を呼ぶと、公爵家のメイド姿の『侍女その2』がその場で跪いた。
「彼女の実力は……ご存じですわね?」
「……知っております。ですが、あくまでもベアトリス様のご用事を優先させてください。それをお約束いただけなければ、ご厚意はお受けできません」
ベアトリスが信用できる侍女は、帝国から連れてきた二人だけだ。
その一人を借り受けるには抵抗があった。
ベアトリスは静かに微笑んだ。
「本当に真面目な方ですわね。リカが手元にいないと、私の行動が制限されると思えば、セルリアン様も安心できるでしょうに」
「否定はしませんが、それとこれとは別です」
「大丈夫です。もう一人の侍女も優秀ですし、そろそろ王国の侍女にも仕事を振れと女官長にも言われてますので」
よい機会です、とにっこり笑うベアトリスに甘えてしまっていいのだろうか、と思うセルリアンの背を『侍女その2』が押した。
「でんかハ、ソノこノことダケ、かんがエルベキ」
当然だが第二王子というのは、侍女が許しもなく意見できる身分ではない。
普通なら咎めるべきだが、その場にいる全員、何となく許してしまえる、不思議なイントネーションのカタコト言葉だった。
内容にも頷けたからかもしれない。
「そうかな……」
「あとガなインダかラ」
ぐっさりと刺さった。
やっぱりそうなのかと。
「お願いします」
セルリアンは、笑いをこらえているようなベアトリスに頭を下げる。
「まかセテ!」
なぜか『侍女その2(リカ)』が応えたが、誰もそれを指摘しなかった代わりに、ベアトリスがとうとう噴き出していた。
それから一月後、また同じ場所、殆ど同じ顔ぶれで報告会が行われた。
「まず、私から」
優雅にお茶を飲んで、お菓子をつまんでから、口火を切ったのはアリュシアーデだった。
「オトネル子爵夫人、及び令嬢に対する噂で、良いものはありませんでしたわ」
公爵令嬢は、いきなりばっさりと言い捨てた。
「他者を貶める、子爵家の財力を見せつけるような行動、言動が主で、典型的な成金……失礼。これはとある伯爵夫人が、彼女らを表す時に使っていた言葉です」
他にも色々あったみたいだが、口に出すのは憚られる言葉が多かったようだ。
「外見は二人と金髪で青の瞳だったそうです」
それは『クリスタ』の色ではない。
「本人も、やはり『エリザ・オトネル』を名乗っていたらしいです」
「お茶会の招待状には、お名前は書かないのかしら?」
「そうですね。親しい間柄なら別ですが、おそらくは、『オトネル子爵夫人』や『オトネル子爵令嬢』宛に出されていたものでしょう……あと」
アリュシアーデが少し言い淀んだ。
「町の宝飾店で『エリザ』を見かけた方がいらっしゃったのですが、金髪の男性と一緒だったと。とても親しくされているご様子だったようです。他にも服飾店でお会いしたという方がいて、挨拶を交わしたところ、その男性はローリエ・リュクスと、『リュクス伯爵子息』を名乗られたと、おっしゃられていました」
その場に沈黙が降りた。
沈黙を破ったのは、口元は笑っているが目は笑っていないベアトリス妃だった。
「……つまり『エリザ』さんは、リュクス伯爵子息と仲良しな訳ね。確かに『オトネル子爵令嬢』なら、リュクス伯爵子息は婚約者だからおかしくないけれど」
「そうですね」
感情のない声でセルリアンが返した。
「アリュシアーデ様、有難うございます。今度は、殿下の側近の方達の報告を聞かせていただけるかしら?」
「はい」
と壁からサイモンが進み出た。
「現子爵夫人は、以前は下町の酒場で働いていました。本人は、貴族の血を引いていると吹聴していたようですが、その根拠はありません。父親の分からない、下町の子供の大多数と同じようなものだと思います」
中には本当に、貴族の落し胤もいるかもしれないが、明確な証拠でもなければ、そのまま下町で暮らしていくしかない。
「ただ、夫人は大変言葉が巧みだったようで、まだ若い、子爵になる前のフラビオ・オトネルの同情を引き、愛人の座を射止めました」
「愛人ねぇ……子爵はまだ婚姻前だったのではないの?」
サイモンはベアトリスにうなずいた。
「婚約中でした。子爵の婚約者は、ルヴァン子爵家の令嬢で、この方のお母上がフィデル伯爵家から嫁いでおられます」
「やはりクリスタ様は、フィデル伯爵家の血を引いてらしたのね」
「はい……」
事前に聞いていたのだろう。セルリアンは感慨深げな表情だった。
これで完全にあの日の少女が、クリスタだったと証明されたのだ。
「その後、子爵位を継ぎ令嬢と婚姻を結び、クリスタ様が生まれますが、愛人のところにその一年前に『エリザ』が生まれていました」
「出てきたわね、『エリザ』さん」
「異母姉妹だったのね……」
そうとは限りませんが……の言葉をサイモンは飲み込んだ。
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