27.私達が出会うまで(王国編20)
式典の後始末も終わり、セルリアンも学園に通い始め、日常に戻ったところで、定例だった婚約者同士のお茶会も再開されていた。
毎回場所は、フォートナム公爵邸にある、幾つかの応接間のどれかだった。
「そういえば、あの式典で見ていた令嬢の事だけど……」
ティーカップを無音でソーサーに置いたアリュシアーデが、ふと思い出したようにつぶやいた。
「あぁ、もういいんだ。素性も分かったし」
「そうなの? どちらの方だった?」
「……オトネル子爵家のご令嬢だそうだ」
「え?」
疑念の声と同時に、アリュシアーデの形の良い眉がひそめられた。
「アリュシア?」
「オトネル子爵令嬢? 本当に?」
「あぁ」
セルリアンは視線で、ドア近くの壁前にいたラウルを呼んだ。
ラウルは、二人のテーブルに近づき、アリュシアーデに向かい恭しく礼を取った。
「周囲の聞き込みと、式典の招待状で確かめました。王宮から出たオトネル子爵とご令嬢が、王都のタウンハウスに入るまで確認しています」
だから間違いようがないと言っているのだが、「いいえ」とアリュシアーデはきっぱりと言った。
「私の見たことある『オトネル子爵令嬢』は、あの方ではなかったわ」
「え?」
「……大変おそれいりますが、お見間違えではありませんか。式典の際のご令嬢の姿は、随分と装飾されたものでしたから」
従者の指摘に、アリュシアーデは毅然とした態度で返した。
「確かにお顔は、お化粧でよく分からないようになっていましたが、髪の色も瞳の色も違っていましたわ」
(あれは、オトネル子爵令嬢じゃない――⁉)
セルリアンは己の側近に、厳しい声で尋ねた。
「オトネル子爵家に、他に令嬢はいなかったのか?」
「いえ、貴族院の資料では、ご令嬢一人だけです」
そちらに頷いて、今度はアリュシアーデに向き直った。
「アリュシア、子爵令嬢とはどこで?」
「今年の、メディナ伯爵夫人のお茶会よ。あの方はお庭が御自慢で、春の初めに毎年たくさんの人を呼ぶの」
アリュシアーデが言うには、その日挨拶して来た令嬢の中に、『オトネル子爵令嬢』がいたとの事だった。
「金髪に青い瞳。人目を引く美しい方だったわ――外見は」
なんと『彼女』は、ろくな挨拶が出来なかったそうだ。
「他の方の真似をしていたみたい、それもクスクス笑いながら。あまりにも礼を失していたから、周囲の令嬢の方がいたたまれずに頭を下げて、彼女を連れて行ったわ。名前は、確か……エリザ・オトネルって名乗っていた」
「『エリザ』……ねぇ」
セルリアンの意を受け、ラウルが答える。
「貴族院の記録では、オトネル子爵家の唯一のご令嬢は、『クリスタ』というお名前です」
アリュシアーデは、記憶を探るように目を細めた。
「貴族院なら間違いはないわね……それじゃあ、私が会ったのはどなただったの? 他にも、彼女を知っている方はいたのよ。派手で社交好きでいつも……その、あまり良い噂ではなかったわ」
私が会ったのはどなただった?と、アリュシアーデは言った。
セルリアンも、自分が見たのは誰なのかと聞きたかったが、『クリスタ』は確かに存在しているはずだ。
幼い時も。
昨年は町にいた。メイドの姿をしていたが……
「もしかして本当にメイドなのか……令嬢に仕えている?」
「メイドの姿で町に降りていたのは、その方なの⁉」
式典の際、うっかり口にしたセルリアンの話を覚えていたアリュシアーデが、興奮した声を上げる。
混乱した状況を整理するように、ラウルが声を上げた。
「落ち着いてください、殿下。オトネル子爵令嬢の名前は『クリスタ』様の方です、『エリザ』様ではありません」
「うーん、じゃあ『エリザ』がメイドで、『クリスタ』のふりをしてお茶会に行ってるとかじゃない?」
その時、ノックもなしに、いきなり扉が開いた。
「話は聞かせてもらったわ!」
大きく開いた扉から現れたのは、セルリアンの義姉、アリュシアーデの憧れの人。
ベアトリス妃、その人だった。
…『話は聞かせてもらった!』って一度言ってみたいですよね…
 





