26.私達が出会うまで(王国編19)
セルリアンと常に一緒にいるこの二人は、アリュシアーデとの婚約が仮のものだと知っている。
だからいずれ、セルリアンには他の相手が必要になるとも。
なのに、今まで浮いた話一つなかった主人が、興味を持った令嬢だ。できるなら、何とかしたいが……
「ですが、婚約破棄が難しそうでも、殿下が手を出しちゃダメですよ」
貴族間の事情には、双方から求められなければ、王族が口を挟むのは禁忌だ。
王族の要請はもちろん、仲介や助言であっても、臣下にはすべて『命令』と受け止められる。
帝国程、王権が強くない王国であっても、それは変わらない。
「分かっているよ」
セルリアンは頷いた。
取るに足らない権力しかない第二王子でも、暴君とされる可能性を、自ら生じさせる訳にはいかなかった。
「本人に危害が加えられていなければ、穏便に済ます」
これだけは譲れなかったが。
側近二人は顔を見合わせ、ふーっとため息をついたが、その言葉を否定はしなかった。
「分かりました」
臣民事不介入、ただし犯罪をのぞく――は、世論的にも認められる筈だった。
「オトネル子爵家は、今のところ可もなく不可もなくという感じですが」
「子爵家だからね。ある意味、不祥事でも起こさなければ目立たない」
「まぁ、婚約に関しては、爵位が上の伯爵家の意向が汲まれるでしょうから……」
セルリアンは何か引っかかるものを感じたが、政治であれ婚姻であれ、身分がものをいう。
伯爵家が婚約を継続する旨を示せば、子爵家にはどうすることもできなかった。逆をいえば、伯爵家から婚約を解消してくれれば、穏便に済ませることができる。
そう思っての行動だったが……――この時、クリスタの実家をおざなりにした事で、後にセルリアンは自分を責めることになった。
消極的に探していた相手を見つけたとしても、公務が無くなる訳はない。
セルリアンは式典の後始末で忙殺され、それが終りそうになったら、今度は学園に戻る事を余儀なくされた。
もちろん側近である二人も似たような状態だったが、彼らは彼らで己の伝手を使って、動いていた。
リュクス伯爵家の意向が分かったのは、それから約ひと月後だった。
「次男は彼女が言っていた通り、素行が悪いですね」
「そうか……」
「決まった相手などはいないですが、あっちふらふらこっちふらふら遊び歩いています」
「15でそれか」
16の第二王子は、女遊びなど考えたこともない。どちらが健全なのかは、それぞれ意見もあるだろうが。
「どうやら身分が下の連中や、平民とつるんでいるみたいですね。金払いがいいから、持ち上げられています」
「リュクス伯爵は、放っているのか?」
「出来の良い長男と比較されて、しかもやがては他家へ出される次男が哀れだと、伯爵夫人が庇って甘やかしているようです」
話しているサイモンはにこやかだが、セルリアンはどんどん苦い顔になった。
「……まぁそれも学園に入るまで、と伯爵は宣言しているようですね」
「それは?」
「さすがに今のままでは、婚約者のお嬢さんに申し訳ないでしょう?」
「婚約者」
それは、やっぱり……
「次男の婚約者――オトネル子爵令嬢は、リュクス伯爵のお気に入りです」
そうなのか、やっぱり。分かっていた事でも、少し残念だった。
「それというのも、子爵令嬢はとても優秀で、すでにオトネル子爵の仕事を手伝っているとの事です」
「まだ学園入学前の令嬢がかい?」
ラウルの指摘に、さあ? というようにサイモンは首を振った。
「子爵としては、伯爵と縁を結びたくて、盛った部分もあるだろうね。だが、本人に実際に会って、その賢さを認めたのは本当だろう」
「……成程。次男は出来が悪い。なら仕事のできる賢い嫁が必要不可欠という訳か。しかも子爵位も手に入る」
「そういう事だ」
セルリアンは頭に手をやる。
伯爵の気持ちは分かるが、それではクリスタは……
「伯爵も、愛想を尽かされないように、言い聞かせているんでしょう。次男もオトネル子爵家には、割と足繁く通っています」
「そうか……」
伯爵側が乗り気なら、婚約解消はない。
婚約者が他の女に現を抜かしていても、今だけだと言われれば子爵側は納得するだろう。
(どうしよう……胸がえぐられた気分だ)
恋をしていた自覚もないのに、失恋とはこんな気分なのかとセルリアンは思った。
(単に、後がないと思っているのかもしれないが――)
正直、これ以上気になる令嬢が、これから先、自分に現れる気が全くしなかった。
「相手の不誠実に気づいているご令嬢としても、どうしようもないのでしょう。今思えば、あの、式典の時の装飾過多の恰好。奇抜な扮装をして、呆れられようとしたのかもしれませんね」
同情するようなラウルの声に、セルリアンも納得した。
あの姿は確かにすごかった……だが息子でなく、伯爵が乗り気の婚約が、それ位で解消されるとも思えなかった。
「まぁ来年には、ローリエ・リュクスも貴族学園に入って来るでしょう。その時に、殿下自ら観察しては?」
気を使っているのであろう、側近たちの無難な提案に、セルリアンは「そうだな」と笑って返した。
再来年には、クリスタも入学して来る。
初恋の少女(認めました)と1年だけでも、一緒に学園に通えるのを幸運だとしよう。
……などと、初めての失恋に酔っていた第二王子の目を覚ましてくれたのは、プラチナブロンドの幼馴染だった。
…目次画面にも入れましたが『クズの婚約者とはオサラバ…』書籍化します。
…11月9日発売予定ですが、すでに予約画面とか出てます(めっちゃ驚いた…)
…加筆修正、書下ろし番外編等、盛りだくさんの内容となってますので、ご購読いただければ幸いです!
 





