25.私達が出会うまで(王国編18)
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式典といっても、儀式的な事は最初に全員で、豊穣の神に祈りを捧げ今年の収穫に感謝をする位で、あとは、普通の舞踏会だ。
ファーストダンスを、今日の主役である王太子夫妻が踊った後で、セルリアンもアリュシアーデと一曲踊った。
その後は王族は皆、接待に追われる。
少し人が少なくなったところで、ふうっと息を吐いたアリュシアーデに休憩を促す。
「少し休もう」
「そうね……」
近くにいる側近に目配せして、空いた場所に案内を頼む。
護衛に守られ、目立たないように移動するセルリアンの耳に、令嬢特有の甲高い声が入った。
「ねぇ!あれ見た?」
「見た見た!凄いわね~どこの田舎から出てきたのかしらね!」
不審に思ったセルリアンが顔を上げると、隣のアリュシアーデが心当たりがあるように小さい声でつぶやいた。
「あぁ……ちょっとね、慣れていない感じのご令嬢がいたのよ。その方のことじゃないかと」
「慣れていない?」
「少なくとも私は見たことがないので、普段は領地にいらっしゃるんじゃないかしら」
「へー……見た感じで分かるほど?」
アリュシアーデは、言いづらそうに口を開く。
「うーん、昔流行ったような、大きくクルクル巻いた髪に大きなリボンを付けていたので、目立っていたわ……」
あと、ドレスもちょっと……とアリュシアーデは付け加えた。
普段、他人の悪いところを口にしないアリュシアーデがここまで言うからには、その令嬢の外見は相当凄いんだなとセルリアンはある意味感心した。
「それはちょっと興味が……」
出てきた、と言おうとしたセルリアンの口が止まった。
彼らは回廊に続く扉を目指していた。
その扉近くの壁の前に、揺れる大きなピンクのリボンを発見したのだ。
(もしかしてあれか?)
扉を通る際、セルリアンはさりげなく、そちらを見た。
会場の端なので、それほど人は溜まっていなかった。
(なるほど、あれは噂になるかも)
着ているドレスにもあちこちに大き目なリボンが付いているが、何より巻いた髪のボリュームが凄かった。
ただその巻かれた髪の色に、セルリアンはどこか既視感を持った。
(茶色の髪……よくあるけど、あの飴色はどこかで)
その時、扇子が少しずれ彼女の顔が見えた。
濃く塗られた白粉で、よく分からない……が、……え?
「!」
(あの時の、町で見たメイドの子じゃ……いや、この場にいるんだから、貴族の令嬢だ。ということは……)
「ラウル……!」
セルリアンは押し殺した声で側近の名前を呼んだ。
「はい」
「あの子だ、去年町で見た」
ラウルと呼ばれた側近も、セルリアンの視線を追ってかすかにうなずいた。
「……それらしいですね。何やら、個性的なお姿になってますが……」
「サイモンに言って、あの子の家を調べてくれ」
「御意」
サイモンはセルリアンのもう一人の側近だった。
昨年一緒に町に降り、直接彼女と話している。
ラウルはどこかに去っていったが、一行は足を止めていないので、ほどなく大広間の扉から回廊へ出た。
王族専用の待合室に入ると、アリュシアーデが待ちかねたようにセルリアンに詰め寄った。
「セルリアン、どういう事? あの方、お知り合いだったの!?」
側近とのやり取りが聴こえたていたのだろう。紫の瞳が爛々と光っている。
「いや知り合いという訳じゃ……」
彼女が小さい時に話した子供なら、知り合いではあるのだが、本当にそうなんだろうか?
探しても見つからず、こんな場所で見つけるなんて……出来過ぎだ。
「アリュシア、さっき彼女を見かけたことはないって言っていたけど」
「えぇ。あんな姿形なら忘れようがないわ」
アリュシアーデは、同じ年頃の貴族令嬢なら、大抵お茶会等で会っている筈だ。
「下位貴族の令嬢とも、お茶会をしていたよね?」
「そうね、ガーデンパーティーなんかだと、広い身分の人間が集まるから」
下の身分の者は、上の身分の者に挨拶をするのが礼儀だ。
筆頭公爵の令嬢であるアリュシアーデに、挨拶に来ない令嬢は国内にはいない。
つまり彼女は、ずっと領地にいたと言う事か?
いや、昨年町で会ってるじゃないか。メイドの姿で。
(つまり、あの時彼女が言っていたという『婚約者に悩まされているお嬢様』は、実は自分のことだったのか?)
「アリュシア……貴族の令嬢が、メイドの姿で町に降りるなんて出来ると思うかい?」
アリュシアーデの顔に、ぱーっと興味の色が広がった。
「うぅん……そうね。侍女や護衛が手引きしてくれれば、可能かしら。あと……」
アリュシアーデが声を潜めた。
「……ほら、あのベアトリス様なら、やりそうな気が……」
「あぁ……」
セルリアンも納得した。
色々規格外の義姉とその侍女達なら簡単にできそうだと。なんなら本当にやっているだろう。
その後もアリュシアーデの追及を、『本当に知らないんだ(知っているなら教えてほしいくらいだ)』とかわしながら、セルリアンは待つしかできなかった。
クライドはすぐ戻ってきたが、サイモンが情報を持って彼の元に訪れたのは、式典の終った後、すでに日付が変わってからだった。
「あのお嬢さんは、オトネル子爵家の令嬢でした。お名前は『クリスタ』嬢です」
(クリスタか……間違いない)
あの子は名乗ってはいたが、つたない言葉だったので、『クリス』かそれに準じた名前だと思っていた。
幼い日に王城の庭で会った少女に、ようやくたどり着いた実感がわいた。
「町で会ったのも彼女ですね。あの時は、メイドの振りをしていたのでしょう」
「そうだろうね」
少し言い淀んだ様子のサイモンが、念を押すようにセルリアンに聞いた。
「つまり、あの時言っていた『お嬢様』は彼女自身です。分かりますか?」
「え? あぁ」
「それは、彼女にはれっきとした婚約者がいるということです」
「あぁ……」
念を押され、別にそんなつもりじゃなかったのに、胸を突かれた気分になった。
そんな主人を見て、ラウルが言葉を挟んだ。
「だが、彼女はその婚約者の事で悩んでいたんだろう?」
「そのようだったね。だけどまだ婚約は解消されていないよ。貴族院にもきちんと届け出が出されていた」
その辺りを調べていて時間がかかったのだろう。
「相手は……?」
「ローリエ・リュクス。リュクス伯爵家の次男です」
「リュクス伯爵か……」
派手な手柄等はないが、手堅く功績を重ねて来た歴史ある家系だ。
――何の瑕疵もない。
(いや、何を考えている。臣下に瑕疵がないのは喜ぶべきだろう!)
頭を振っている主人をよそに、側近二人は話を進めていた。
「ご長男は、会計局で次官をされていましたよね」
「あぁ、評判も良かった。次男がどうかは、まだ分かりませんが……調べますか?」
サイモンの問いに、セルリアンは躊躇なく頷いた。
「ですよね」
笑われている気がして、セルリアンは言い訳をする。
「あの時、困っていた様子だから確かめたいだけだ」
「そうですね。臣下の悩みを解決するのも王族の役目ですからね」
それはそうだが、これはそうじゃない。
主従ともそれは承知だった。




