24.私達が出会うまで(王国編17)
馬車が再び動き出し、程なくして止まると、今度は馬車の扉が開かれた。
開けてくれたのは、お城の制服を着た人だった。
父親は礼も言わずさっさと馬車を降り、クリスタを振り返ることもなかったので、その侍従の人が手を貸してくれた。
淑女は……というか、ドレスを着ていると足元が見えないので、介助なしでは馬車を降りられない。
「ありがとうございます」
手を借りて、無事降りる事が出来たクリスタが礼を告げると、若いハンサムな侍従さんは微かに頷き、優しい微笑みを浮かべてくれた。
思わず心が跳ねたが、目の端に自分の付けている派手なリボンが入ると、気分は一気に落下した。
(こんな姿じゃなかったならね~)
嘆きたかったが、こんな姿のクリスタでも驚かず、自然に手を貸してくれるなんて、やはりお城の使用人は訓練が行き届いていると感心した。
王城内のエントランスに入ったが、そこが大広間、と言われても納得してしまうくらいの広さだった。
子爵家のタウンハウスが丸ごと入りそうだと思いながら、父親の後ろを歩いていくと、どんどん人が増えていく。おかげで父親の足も緩み、ドレスで歩きにくいクリスタでも、その背を見失わずに済んだ。
人々の話し声もさざ波のように響いて来る。
大広間の開かれた、巨大な両開きの扉の中は圧巻だった。
高いドーム状の天井から燦然と輝く、幾つもの丸いシャンデリア。美しい装飾の施された壁、そこにさりげなく飾られた美術品。
(これぞ宮殿! だわ!)
集う男性は、大体、父親と同じ黒のフォーマル。
皆同じように見えても、階級その他によって色々違っているんだろうなーとは思ったが、やはり目を惹くのは、百花繚乱に咲き乱れる、色とりどりな貴婦人達のドレスだった。
(きれーい……)
様々な色彩や形があり、そのすべてが美しさに繋がっていた。
こうして見ると、クリスタの着ているドレスも、それほど流行から外れた物でない事が分かる。
(まぁ、もともとエリザが自分で着るために作らせた物だしね)
ただ色と、派手さを強調した装飾が、クリスタには似合わない。
おまけに、顔は白粉と口紅だけだがお面のようだし、ぐるぐるに盛り上がった髪型は言うまでもない。
(ドレスの胸も腰も自分には余っているから、着ぐるみを着ていると思えば、ちょうどいいのかもしれない……)
「……おい、ふらふらするな! 私は忙しいんだ。お前はその辺で、おとなしくしていろ。いいな!」
(普通、こういう場所では、父親が娘を紹介するものだけどね)
子爵はさっさと挨拶回りに行ってしまった。
しかし自分も、この姿で紹介されるのは厳しい……というかむしろ嫌だし、周囲には興味深い鑑賞対象があふれていた。
美しい羽根飾りのついた髪飾りに思わず見惚れていると、視線に気づかれたのか、どこかの令嬢がこちらを見て顔をこわばらせた。
クリスタはあわてて、扇子を顔の前に広げた。
(あーやっぱり、おかしいですよね)
仮にも父親が反応しなかったし、侍従さんも見ないふりをしてくれたから、少し油断していた。
もともと舞踏会には行ったことなかったから、
『もしかしたら貴族的には、自分の姿はそれほどおかしい恰好じゃないのかも……?』
的な。
(あの義母と義姉が、そんなに甘いわけないわね!)
クリスタが王宮で楽しめないように、恥をかくように、念入りに仕上げてくれたのだ。
彼女らの悪意を甘く見てはいけない――クリスタは心にしっかり鍵をかけた。
そして扇子で顔を隠しながら、この美しい大広間の壁の染みになる決意を固めた。
ちなみに、会場である大広間ではエントランスとは逆に、下位貴族から入っていき、上位貴族ほど遅く案内される。子爵、男爵などはいわゆるフリー入場だ。
先ほどから、名前を呼ばれているのは、伯爵クラスだった。
(この辺の知識は、クリスタが小さいときに『お母様』から教わったのよね)
華やかな舞踏会が出てくる『おとぎ話』と一緒に。
『お姫様になってお城へ行くの!』
……なんて願った、あの頃のクリスタに申し訳ない状況(主に姿)になっているけど、それはそれ、これはこれだ。
せっかくこんな思いまでして、お城にいるんだから、この絢爛豪華な世界を目に焼き付けないと勿体ないではないか。
こんな機会は、もう二度と訪れないだろうし……。
(あーリュクス伯爵の名前が呼ばれた! 気づかれないようにしないと)
一応婚約者の親なので、本当だったら挨拶に行かない方がおかしい相手だが、知っている人間には、尚更この姿を見られたくなかった。
来ていたとしても気づかれないとは思うが、ローリエは来ていない。
(もし来るとしたら、何か月も前から自慢されるはずなのに、それがなかったからね)
伯爵に何か言われているのか、ローリエは月に一、二度は子爵家に来る。
一応クリスタにも挨拶はするが、主にエリザが相手をしている。エリザとは外でも会っているのに(エリザ本人が教えてくれる)、マメだなーと思っている。
今回の式典は特別だから、国内の全貴族が呼ばれているという。
ならば、おそらく各家から2人、当主とそのパートナーだけが招待されたのだろう。
(オトネル子爵家の場合は、父と義母になりそうだけど……もしかしたら、戸籍に入った順番なのかな……?)
到着案内ではついに侯爵家の名が呼ばれて、ますますドレスやアクセサリーがきらびやかになった。
それらに目を奪われたクリスタの頭から、些細な疑問はすぐに消えた。
侯爵家はすぐ終わり、その後の公爵家はもっと少なかった。
(この国の公爵家は、5つしかないのか)
それが他国に比べて、多いか少ないかは分からなかったが。
会場内は徐々に静かになった。入ってきた時から聴こえていた、軽い音楽も消えている。
自分たちが入ってきた扉とは、逆方向、つまり正面には少し段差があり高くなっている。
いわゆる舞台である。後方からはよく見えないが、後ろの方に椅子っぽいものがあるようだった。
(そこに王様が座ったりするのかな?)
などと思っていたら、そのステージ脇から入ってきた人影を見て、『おぉ!』と言う興奮と感嘆の声があちこちから上がった。
(貴族の頂点の公爵の次は、当然王族よね)
クリスタのいる場所からも見える壇上の中心には、まばゆいばかりの美しさを持った男女が、柔らかい光をまとって立っていた。
周囲からは、ため息のような賞賛の声が次々上がっていた。
「第二王子のセルリアン殿下だ!」
「ご婚約者のフォートナム公爵令嬢も相変わらお美しい……!」
「セルリアン様……なんて麗しいの」
「お似合いのお二人よね……」
(あれが、セルリアン第二王子か……)
この国では珍しい漆黒の髪に、どこかで見た気のする海の色の瞳。噂には聞いていたけど、本当にハンサムというか整った顔立ちの男の人だ。
女性っぽく見えるという訳でなく、紛れもなく男性なのに、こんな綺麗な人がいるのは驚きだった。
隣にいる、婚約者のフォートナム公爵令嬢も、銀の滝のような髪が幻想的で、まるで伝説の妖精みたいに麗しい人だった。
(何て、煌びやかなカップル……彼らを見られただけでも、ここに来たかいがあったわね)
思わずため息が出てしまったが、その後に登場した、半年前に結婚されたばかりの王太子と王太子妃の二人も堂々とした、『めっちゃ、ゴージャス!』なカップルで、周囲の盛り上がりが凄かった。
(おぉ! 紅色の髪、初めて見た! 素敵だわ。帝国人には多いのかな?)
この時は知らなかった、紅色の髪は帝国皇室でも、特別な意味を持つ物だった。
おそれ多くも、その特別な色を、『ジャムみたいで美味しそう』と思ってしまったクリスタだった。
最後に王様と王妃様が現れ、皆静まり返った。
ダンディな王様は軽快な挨拶で場を沸かせ、式典の始まりを告げた。
(王妃様もお美しいわ~ なるほど、王太子殿下は王様似で、第二王子殿下は王妃様似なのね)
美形揃いの王家の人々は、確かに目の保養だったが、短くしかも面白い挨拶をした王様の株が、クリスタの中では急上昇していた。
…次からはセルリアンのターンです。
…キツイのは大体ここまでなので、ご安心ください。
※誤字多く申し訳ない!大体、UPの翌朝『誤字報告』見て蒼褪めてます。




