23.私達が出会うまで(王国編16)
王宮? 式典? そんな場所になんで、クリスタが……
(……いや、ちょっと待ってよ。この人今、明日とか言ってなかった!?)
「本当に私を王宮に連れて行くんですか!?」
「だから言っ……!」
激昂してきた父親に、クリスタは現実を叩き付けた。
「私は王宮に着ていけるような、ドレスを持っていませんよ!」
クリスタの剣幕に相手は少しひるんだが、それを恥じるように大声を出した。
「パメラに命じてある!」
後は義母に聞け、とばかりに父親は話を打ち切った。
だから、何で当事者じゃなくて、あっちにだけ言うのよ……と情けなく思いながら、イヤイヤ義母の所に行くと、顔だけ笑顔の義母に迎えられた。
「あ~ら、クリスタさんじゃないの。いったい何の御用で、私の所へなんかいらっしゃったのかしら?」
「……お父様から、明日の件は、お義母様にうかがえと言われました」
ギスギスした声に淡々と返すと、義母は早々に仮面を脱ぎ捨て、顔をしかめた。
「何で私でもエリザでもなく、貴女なんかが王宮に行くのかしらね!」
忌々しそうに舌打ちする義母に、自分も心の中で同意した。
(私も心底そう思いますよ)
クリスタは実母が亡くなってから、式典はおろかお茶会さえ一度も行ってなかった。
(社交的に、完全にいないものとされていたのに)
「本当に、お義母様やお義姉様ではダメなのですか?」
「ダメなのよ! 分かっていて聞くなんて性悪な子ね!」
ダメらしい。
何故だろう、今までだって、社交の場には2人が出ていたはずなのに。
それから15時間後、クリスタは父親と一緒に、王城へ行くための馬車に乗っていた。
全く自分に似合わない色、しかもエリザお気に入りのゴテゴテひだやリボンがついた、あちこち緩いドレスを着て。
髪は義母の指示で、エリザの侍女にコテでグルグル巻かれ、ご丁寧にそこにも鮮やかなピンクの大きなリボンが付いている。
鏡を見て正直泣きたくなったが、もうどうしようもなかった。
己の心を守る為、顔を隠す為の大きな扇子だけは、密かにエリザの部屋から奪い取って来た。
頭の中は、勝手に『ドナドナドーナ……』がエンドレス再生されている。
この馬車に乗るまでの騒ぎは、思い出すだけでげっそりする。
まず昨晩は、もう遅いから明日にして!と追い出され、朝食が終わったであろう頃に顔を出すと……
『今頃来られても遅いのよ。貴女に着せるドレスなんか、あるわけないじゃない』
のらりくらりと拒否る義母に、クリスタは頬に手を当て、まんざら演技だけでない深いため息を吐いた。
『おかしいですね、お父様はお義母様にその為のお金を渡したとの事ですが』
義母の顔色が変わった。
『変ですよね、もう一度聞いてきま……』
『待ちなさい! そうよ、忘れていたわ、エリザの衣装棚に置いておいたのよ!』
この義母の主張も嘘であろうが、クリスタが言ったことも嘘だった。
しかし義母があわてて主張を翻したということは、正しかったということだろう。
(まぁ、確かにお父様はお金で何とかできるなら、する人間だからねー)
見栄も世間体も人一倍持っているし、王宮に連れて行くならクリスタのドレス代くらい出すだろう。
そして当然、エリザの部屋にクリスタ用のドレスなどある筈はなく(お金は使い込まれたかな)……
ここからはエリザも加わって、一層地獄だった。
『ここにあるのはすべて私のドレスよ! なんでクリスタなんかに……!』
の嘆きから始まって、勝ち誇ったように
『あんたに似合うドレスなんて、あるわけないじゃない』
になった。
期せずして義母と同じセリフが出てくるあたり、本当にこの2人は母子なんだなーと思う。
(しかも嫌味なイントネーションまで同じだわ。顔はあんまり似てないのに)
義母のパメラも、その容色で仕事をしていただけに、取りあえず美人の部類に入るだろう。
娘のエリザも美少女だが、婀娜っぽいパメラとは違いおっとりしたお嬢様系だ。
髪は同じ金髪でも色味が違うし、よく見れば瞳の色も少し違う。
(そうなると、父親がこの手の顔なのか……と思うが、お父様ともまるで似てないのよね)
クリスタも(幸いなことに)顔が父親似な訳ではないが、髪と瞳の色が同じなので、親子と言えば納得されるだろう。
遺伝って不思議だなぁと思う。
それはとにかく、色見も顔も似たところのないエリザのドレスが、クリスタに合うわけはない。
『似合うドレスがないなら、どれでも同じですね。私が選んでいいですか?』
このままでは、ただ時間が浪費されるだけなので、相手を刺激してみた。
案の定、力強い反応が2つ返ってきた。
『ダメよ!』
『今選ぶから待ってなさい!』
クリスタとしてもエリザの孔雀ドレスなぞ、どれも借りたくない。
ただ、ローリエとの顔合わせの時と違って、ここで立ち去るわけには行かない。
(乙女心なんていくらも捨てられるけど、王宮に普段着で行くのは絶対にまずい)
ふさわしくない姿で城に上がった事が知れ渡ったら、王家に対する侮辱罪に当たるとして良くて謹慎、降爵。へたすれば家が取り潰されるかもしれない。
この家の人間は嫌いだが、まだ子爵家が無くなるのは困るのだ。
せめて学校を卒業するまでは。
クリスタは、相変わらず遊び歩いている様子のローリエと結婚するとは、もはや全く思っていなかった。
以前、町に降りた時、見知らぬ人に教わった通り、浮気の証拠は細かく記録している。
決定的な浮気の現場を押さえるか、ローリエから婚約解消をさせるのがベストだが、いざとなったらコレを叩き付けて破談にするつもりだ。
ただそうなった場合、父親がどう出るか分からない。
多額の慰謝料をもらえれば黙って受け取るだろうが、それ以外の場合、勝手に破談にしたクリスタに怒り、家から追い出されるかもしれない。
(先妻の娘は親に背いたから勘当した――と世間体を整えて、晴れてエリザに婿を取って家を継がせられるだろうし)
一応年上であり可愛がっているエリザでなく、クリスタを跡取りにしたのは、頭の良し悪しもあるだろうが、殆ど世間体だろう。
元愛人の娘でも、他に跡取りがいなければ、堂々と家を継がせられる。
クリスタとしては、勘当されるのは全然構わないが、学園を卒業するまでは待って欲しかった。
学園を優秀な成績で卒業していれば、公共施設の文官に採用されるかもしれないからだ。
10年位前に、国の組織は改革され、今では平民でもお城や役所の文官、武官に採用されるようになっている。
今の王様、王妃様に大感謝だ。
勿論、そんな簡単にいくとは思わないが、正直、婿を取って子爵家を継ぐより、なれるものならクリスタは公務員になりたかった。
(そしてお金を貯めて、いつか憧れの地へ……)
妄想で気詰まりな現況を紛らわせていると、馬車が止まった。
王城に着いたのかと思ったが、その手前で待たされるらしい。
門を通った後たどり着く玄関口では上位貴族優先で、下から数えた方が早い子爵家には中々順番が回ってこなかった。
「……高そうなドレスだな」
ぼそっとした声がした。
馬車の中にいるのは、父親であるオトネル子爵と、クリスタ二人だけだった。
だとすれば今のはクリスタへ向けられた言葉だろう。
「…お義母様のお見立てです」
クリスタもぼそっと言葉を返した。
「ふん。ドレスだけは立派だな。浮かれないで、おとなしくしていろよ」
言われなくても!
どうして浮かれることが出来ると思うのか。
こんな姿を誰かに見られると思っただけで、叫びたい気分だというのに。
(しっかし、本当にドレスしか見てないんだな)
ここまで、クリスタという素材をぶち壊すコーディネートの方には、全く興味がないらしい。
……というか、『クリスタ』という個人に興味がないのだろう。
(まぁ今更だわ)
母が亡くなった時、すぐに愛人と子供を連れてこられたショックや(おかげで前世を蘇られたけど)、それ以来ずっと蔑ろにされ続けてきた事は、クリスタも決して忘れられないだろう。
自分達は、いつか離れる日まで、お互いに無関心が一番良いのは確かだと思った。




