22.私達が出会うまで(王国編15)
互いの情報を交換し、一息ついたところで、王太子はベアトリスに告げた。
「来月は、秋の式典があります」
王国では、建国祭と収穫祭を合わせた『豊穣祭』を秋の式典と呼ぶ。
「はい。今年は三百年の節目の年とのこと。大変おめでたいことです。さぞや華やかな宴になるのでしょうね」
「えぇ、国内で貴族の称号を持つ者は、全て招待される予定です」
お茶を一口飲むと、王太子はゆっくりと本題を告げた。
「今回は、王太子妃が参加する初めての公式行事、いわば貴女のお披露目と言ってもいいでしょう。よろしくお願いします」
「勿論です。美しい衣装も誂えていただきましたし、精一杯お役に立って見せますわ」
嫣然と微笑む元皇女に、夫である王太子も余裕の笑みを返す。
愛し気にすら見える兄の微笑みに、弟は何となく居住まいを正した。
セルリアンから見て、2人の関係はとても良好だ。
例え、『名ばかりの』夫婦でも、共通の目的があり、助け合っていく為には仲が良いに越したことはないが……最近は、もうこのまま本当の夫婦になってもいいんじゃないか、と思ってしまっている。
テオバルドは元々有能な王太子ではあったが、婚姻後は際立った手腕が、今まで以上に増している。
難しい業務も厭わずこなしている姿を、次代の王としての深みを感じる、と形容した大臣もいる。
誰しも考える好調の理由は、半年前に迎えた『妃』の存在だろう。
(それも、あながち間違いじゃないし……)
ベアトリスは、婚儀の前に本人が宣言した通り、王国の為に兄に協力している。
聡明で知識の豊富な彼女は、まさに得難いパートナーだった。
(皆が思う『公私共に』でなく、公のみのだけどね)
また外見的にも、この2人は『似合いの一対』と評されている。
確かにベアトリスは、女性にしては背が高く、堂々とした体躯のテオバルドと並ぶと迫力があった。
(アリュシアーデには悪いけど……とは、もう思えないしなー)
何故ならアリュシアーデ自身が、そう主張しているからだ。
『強く、賢く、美しいベアトリス様なら、後の世にまで謳われる王妃様になれるわ!』
アリュシアーデはベアトリスが王国に来る以前から手紙による交流があり、実際に会って『この方なら……!』と確信したらしい。
今でも、あの侍女の手引きで二人は密かに会っており、その度に心酔度が進んでいる気がする。
(密かに……会っているんだよねぇ。兄上とアリュシアでなく、ベアトリス妃とアリュシアが……)
その事実に、セルリアンは思わず遠い目になってしまうが、ベアトリスが公爵邸に行くとしても、アリュシアーデが王宮に入るとしても、2人が他の場所で会うにしても、いったん王城の警備を抜けねばならない。
当然だが、王城は公爵邸よりはるかに警備が厳しい。
いったいどうやって会っているのか尋ねたセルリアンに、ベアトリスはあっさり答えた。
『帝国の宮城に比べれば、全然楽って話ですよ。警備が人だけですし、罠なんかもありませんからって』
何でも、ベアトリスが王国に来るまで住んでいたという、帝国の宮城は、警備の人間は勿論、犬も放されているし、毒の沼やらえげつない罠がそこかしこにあるらしい。
『さすがのリカも、あの警備の中、私を連れて外へ出る事は出来なかったわ』
リカと呼ばれたのは、最初見たときは黒装束だったが、今は侍女服を着ている『謎の女』だった。
彼女はベアトリスの後ろに控えて、胸の前で右手を振って『あれワダメヨ……』などとつぶやいていた。
警備の話は後で兄に相談したが、人の行き交いの多い王城に、犬とか罠とかは戦時でもなければ無理だという結論に達した。
「そもそも帝国とは、国の成り立ちが違うから」
帝国皇室の用心深さは、暗殺、謀殺を警戒するのに必要なものなのだろうが、王国は王権争いもなければ、現在のところ政権争いと呼べるほどの争いもない。
水面下で仲の悪い家もそれなりにあるが、物理的に足を引っ張り合う程ではなかった。
「王城の庭には、猫とか小動物もいますしね……」
「あぁ……」
猟犬などを放ったら、庭に来るリスや鳥を愛する女官長が卒倒するだろう。
王城内の警備は、ベアトリスの(=リカの)勧めにより、幾つかの配置を転換したに留めた。
別に、仲良くなるのはいいが(いいんだよね……)、ベアトリスが実質的な『妻』になった場合、子が出来る可能性もある訳で……そうなると、アリュシアーデが側妃になる事は出来ない。
その辺をどう考えているのかと問えば、彼女はきっぱりと
「修道院へ行くわ」
と主張してきて、さすがにそれは、現婚約者としても幼馴染としてもあの兄の弟としても、見過ごせないので勘弁してほしかった。
(『テオバルドの妃になれるなら二番目でもいい』と自分に訴えた乙女は、どこに行ったのだろう……?)
セルリアンは頭を抱えたが、今までの自分の人生で女心が分かった試しがなかったのを思い出し、あっさり匙を投げた。
それより、今は式典の準備が大事だった。
他国の言語にも精通しているセルリアンは、学園を半ば休学するような形で、第二王子用の執務室で国外から来る来賓関係の資料に埋もれている。
通常の『秋の式典』では、わざわざ海外から来る人間は少ないが、節目の年であり、何よりヴェールに包まれた存在であった、元帝国の皇女のお披露目でもあるので、婚礼の時程ではないがそれなりの数が集まった。
無論、帝国からも特使が来るが、そちらはベアトリスが引き受けた。
「あちらが寄越してくるのは『伯爵』ですって。相変わらずよねぇ~」
祖国から書状を片手に、ケラケラと王太子妃が笑う。
皇女が嫁いだばかりなのだ。普通に考えても、準皇族が来てもおかしくないところだ。
「そうね、手厚ーくもてなしてあげましょう」
「手厚く……ですか」
「そう。伯爵サマを公爵扱いして、帝国でついつい自慢してしまうようにしましょう」
厄介払いした皇女が、王国で厚遇されているのを知れば、面白くないと思う者が多いだろうが、利用できると思う者も出てくる。
それは少しずつだが国を割る――帝国の力を削ぐことにつながる。
「せいぜい掻き回してやる事にしましょうか」
ベアトリスは、ふっふっふっと悪役のように笑う。
「目一杯着飾って、幸せそうなところを見せつけてあげますわ!」
頼もしい限りである。
侍女A(侍女Bは特殊任務中らしい……)も、惚れ惚れするように己の主人を見ている。
セルリアンにも、アリュシアーデが彼女に傾倒する理由が分からないでもなかった。
(おそらくは、兄も気に入っているんだろうな……)
自分の好みでなくて良かったとしみじみ思った。
・・・‥‥‥‥‥ ☆ ‥‥‥‥‥・・・
「明日? 何があるのですか」
「何度も言わせるな!」
一度しか聞き返していませんが?――と言い返したら、確実に相手が切れるので口を閉じたが、いきなり『明日の準備は出来ているだろうな?』では、クリスタにはいつも以上に訳が分からなかった。
「式典に決まっているだろう! 私だって地味で見栄えのしないお前を連れてなど行きたくないが、王宮からの招待状は、私とお前の名前宛に来ているんだ。仕方ないだろう」
式典……というと、王宮で行われる『秋の式典』のことだろうか?
確か、今年は例年になく、盛大に行われるという話らしいが。
なんでいきなりそんな話に……彼女は内心で大きなため息をついた。




