21.私達が出会うまで(王国編14)
どちらも大国の王太子と皇女の婚姻という、当事国だけでなく近隣諸国に対しても影響を持つ一大イベントはつつがなく終了した。
王都ではご成婚記念の2人の絵姿や、その絵姿の入った皿や器が飛ぶように売れた。これは時間差で国中に広がっていくので、半年たった現在でも工房は大忙しだった。
また、皇女が輿入れの際に整備された街道を使うことで、帝国産の麦や乾物、精工な細工物が入って来ただけでなく、国内側の流通も盛んになり、市場はそれまでにない賑わいとなっている。
このように、王国に特需をもたらした元皇女『ベアトリス妃』は、一部では少しお高く留まっている等という噂があるものの、出自の高さと美貌、帝国で培った深い知識を兼ね備えた、得難い王太子妃殿下として、周囲の評判は上々だった。
「ですがね、私はもっと、こう……嫌味だけど有能な、かわいくない女を目指しているんです!」
「まぁ、いいんじゃないか? 可もなく不可もなくという感じで」
「そうですよ。別に『かわいい女性だ』という噂もありませんし」
象徴的な紅色の髪を振り、イラつく美女を、王子兄弟は平然と受け流した。
王太子宮の奥まった場所にある、眺めの良いテラス付きの応接の間。
後ろで控えているのは、王太子妃が国から連れて来た侍女2人。
この場には、この婚儀の裏事情と、彼女の本性を知っている人間しかいないせいか、皆遠慮がない。
ベアトリス妃は冬の海を思わせる冷たい眼差しで、夫とその弟を眺めた。
「あなた方……あまり似ていないと思ったのですが、随分気が合っているご様子ですわね」
「本当ですか! 有難うございます」
目を輝かせ素直に嬉しさを表す弟と、それを温かい目で見る兄。
ロイヤルな麗しい兄弟愛だ。
ある意味、憧れ続けた光景が目の前にあるのだが、何かが違うとベアトリスは額に手をやった。
王太子妃夫妻と第二王子のセルリアンは、定期的にこうしてお茶会を催している。
表向きは、他国から嫁いで来た妃殿下と、王家の人間との交流の為だが、殆どお互いの周辺状況のすり合わせ、情報交換の場だ。
そして、常に周囲の視線や思惑にさらされている者同士が、外観を気にせず取り繕う必要なく話し合える、リフレッシュの場にもなっていた。
「セルリアン殿下は今、『学園』という場所に通われて、ご学習されているのですよね? どのような感じですか?」
『皇女ベアトリス』は、家庭教師というより教授――各部門の権威による、マンツーマンの講義しか受けたことがない。
だが前世知識の合わさった彼女は、学校がどういうものかは知っている。
(でも! 『貴族学園』って何か特殊な感じよね?)
どこかキラキラなイメージ(……『魔法学園』が混じっていると思われる)で、わくわくする内心を押し隠しながら、ベアトリスはさりげなく尋ねた。
「確かに、複数の人間と一緒に授業を受けるのは新鮮ですね」
セルリアンも生粋の王子様である。
一対一、もしくは兄と一緒の指導しか受けたことがない。
「そうだね、確かにあれは不思議な感覚だった」
「テオバルド様も、通われたのですね」
「えぇ、王族も貴族も学園で3年間学びます」
「素敵ですね。身分の違う者と並んで学ぶなんて。帝国も早くそのような場が出来ればいいのに……」
でも出来ないだろうなー……と、テーブルを囲んでいる3人は同時に思った。
権力一極集中型、ガチの差別社会である帝国にそんな日が来ることがないというのは、王国帝国の首脳部共通認識だろう。
帝国では皇女が他国に嫁いだ事で、貴族間のパワーバランスが多少変化し、対応を迫られる者はいたが、庶民の生活が変わるような事は何もなかった。
皇女が王国の王太子に嫁いだ、という布令は出された。
珍しい馬車の行列が通った。
それだけだった。
他国向けの品物を扱う商人が多少忙しくなったが、王国のように市場が賑わう事もない。
皇族と貴族の間にも高い壁は存在するが、貴族と庶民間の壁はその比ではなかった。
(庶民の間では、男性向けの私塾のようなものがあるとは聞いたことがあるけど……)
ふと気づいたように、ベアトリスが顔を上げてセルリアンを見た。
「あの……その『学園』には、女性もいらっしゃるのですよね?」
「はい、フォートナム公爵令嬢も昨年から通っていますよ」
元は王太子の婚約者、だが今は己の婚約者である女性の名前を、セルリアンはさらっと出した。
だがそれを気にする事もなく、ベアトリスはどこか勢い込んだ様子で尋ねた。
「もしかして、ご令嬢方とも一緒に学ばれているのでしょうか?」
何となく兄弟は顔を見合わせた。
応えたのは少し困った顔をした弟だった。
「はい、クラスメイトの大体半分は女性です」
「まあぁー!」
共学なのは、ベアトリスも知っている。
しかし、此処は王侯貴族が政治をして、貴婦人は普通にドレスを着ているような世界である。
クラスとかは、男女別々になっていると思っていたのだ。
(だって、現代日本でさえ、まだ女子校とかあったじゃない。それに、こっちは……)
「……16にもなれば、大抵の方に婚約者がいますわよね? 婚約者のいらっしゃる令嬢が、婚約者以外の令息と隣合わせに座って問題にならないのですか?」
王太子は静かな微笑みを、己の形ばかりの妻相手に浮かべた。
「隣り合わせになる事はあまりないでしょうが、あったとしても問題にはなりません」
ほお~とベアトリスは思った。
「ならないのですか……王国の方は、寛容なのですね」
「寛容というと、また別の意味になりそうですが、生徒も若いとはいえ貴族の子弟です。皆、節度をもって行動しているということです」
「節度、ですか。皆様、お若くても紳士でいらっしゃるのね……」
(16、7の若い子に節度なんてあるかしらね~)
……と思いつつも、表向き新妻(17)は優雅に微笑んだ。
そしてその隣で
(節度……是非もってもらいたいな)
……と第二王子は胸中で、大きなため息をついていた。
セルリアンは学園に入学した時から、注目の的だった。
それは王族として通常の事で、彼自身見つめられる事には慣れているし、視線の受け流し方も知っていだが、――少々考えが甘かったと認識を改めざるを得なかった。
登校から授業中、それ以外の時間も、複数の相手から熱く、絶え間なく見つめられるのは、その外見が讃えられる事の多い彼でさえ初めての経験だった。
互いに牽制し合っているのか理性の判断か、見つめる以上の事をしてくる気配はない。
だが、だからこその凝縮された視線は、王族としての訓練を積んだセルリアンにも時にひやっとするものがあった。
自分に対する視線ならやり過ごせるものの、自分の話している相手に対する視線は止めようがない。
こうなると、アリュシアーデが同学年でなく、時折昼食を一緒に取る(その際は特別室を使う)以外は離れた場所にいることは救いかもしれない。
(おそらくは、自分も周囲も慣れるまでの事だとは思うが)
学園に通うのは公務の息抜き……とさえ思っていたのに、全く気を抜けない状況が、地味につらいセルリアンだった。
…噂は故意に流されたものも、自然発生したものもあります。
…概ね好意的にまとめてあります(誰かが)。




