3.ロイヤルな裏事情
導かれるまま、学園の貴賓室に通された。
年代物のソファに向かい合って腰かけると、殿下の侍従らしき人がお茶とお菓子を出してくれた。
お互いが一息ついたのを見計らって、殿下は口を開いた。
「確認になるが、リュクス伯爵子息とはもういいのかい?」
「はい。入学前に家の意向で婚約しましたが、その頃から私より義姉を大切にしていましたし……今日は今日で、わざわざこんな場所まで連れて来て仲を見せつけられては、情も愛想も尽き果てます」
「それはそうだな」
殿下は苦笑を浮かべ、ティーカップを手に取った。
そんな仕草も絵になる王子様を前に、気後れしつつ私もお茶をいただいた。
(美味しいなぁ……どんな茶葉使ってるんだろう。王室御用達かしら)
学食と比べるのはないと思うが、実家のものよりも確実に美味しかった。
「……兄、王太子殿下が婚儀をあげて、はや3年になる」
さらっと出されたロイヤルな話題に、私は「はい」と相槌を打つ。
「だが、まだ御子が生まれていない」
ちょっと重くなったぞと、私は少し頷く程度に留めた。
「我が国の王室典範では、婚姻後1年を過ぎても、妃に妊娠の兆候がない場合には、側妃を取る事が認められている」
大分重い話に、『え、そうなんですか?』とは言えない。
(貴族家でも、似たような話は聞くし)
前世知識は、『子が生まれない理由を、女性側だけに求めるのは間違っている』と言ってるが、こっちではまだ、ソレは一般的な認識ではない。
子が生まれないから、●×家から嫁が追い出されたとか。後添いが入ったとか。
だけど、王妃や王太子妃には替えが利かないから、側妃なんだろう。
(まぁ、王家や貴族の『嫁』の一番の仕事は、跡継ぎを産むことだもんなー)
跡継ぎがいなければ家が、王家の場合は国が潰れてしまう。
「現在の王太子妃殿下は、知っての通り、お隣デュアリー帝国からいらした第一皇女殿下だ」
これは知らないとは言えないので、「はい」と答えた。
帝国の威信を見せつけるように、馬車を連ねた派手な花嫁行列を、私も沿道から眺めたし。
(あの日も、あの二人は別行動だったわね……)
姉妹二人で観に行くという話を聞いたローリエ様が、体の弱いエリザに何かあってはいけないと付いてきて、途中で二人とも消えた。
人込みではぐれたなんて言っていたけど、あの頃からもう……だよねぇ。
「王太子妃殿下への配慮で、2年は待つことにしたが、その後も1年待つことになったのは、帝国の意向だ」
帝国とうちの王国は、とりあえず同等の関係だけど、国の大きさや資源の関係で、やや帝国の方が有利だ。
「だが、その際、3年以上は待たないとの確約はできた。すでに側妃も決まっていて、程なく発表される予定だ」
「そうなのですか……!」
急展開だ。
結婚式はないだろうけど、お祝いムードはあるかな?
景気は上がるかしら? あと……
(お相手によっては、貴族間のパワーバランスも動くだろうなぁ)
貴族から抜ける予定だけど、その辺は平民になっても影響する。
「お相手は国内の方……ですか?」
もうすぐ発表だっていうし、このくらいの質問は許されるだろう。
「あぁ、フォートナム公爵の御令嬢、アリュシアーデ様だ」
何気なく出された名前に、私はカップの持ち手を握ったまま固まった。
おそらく驚いた顔を隠せなかっただろう私を、セルリアン殿下は楽しそうに見ていた。
「お、恐れながら、アリュシアーデ様は……」
「うん。先日まで、私の婚約者だったね」
(ですよねー!)
アリュシアーデ様は殿下より一つ上なので、私は学園でご一緒出来なかったが、王宮で行われた国の式典で遠目に見たことはあった。
ミルクを溶かしたような麗しいプラチナブロンドの、儚げな感じのそれは美しいご令嬢だった。
そして、その横には、この、目の前にいる王子殿下がいた。
(超美男美女の組合せ、尊い! 目の保養! なんて思ったもんねー)
10年に一度の式典で、あの日はなぜかエリザでなく、私が父に連れて行かれた。
(おそらく王家主催の席で失礼があっては……の配慮だったと思う)
当時も、王族だろうが高位貴族だろうが、平気で話し掛けそうな義姉だった――今でもそうだとは思わなかったけど。
でも、王宮に着て行けるようなドレスなんて、10歳以降作ったことなかった私に、与えられたのはエリザのお下がりだった。
義母からは、さんざん嫌味を言われ、そのあげく、わざわざ私に似合わないドレスを選ばれて…
テンションは下がる一方だったけど、華やかな王家や高位貴族のカップルを見学できて、行って良かったと思えたんだ。
「だけどね、アリュシアは、6年前までは兄上の婚約者だったんだよ」
殿下の声は他人事のようだった。