20.貴方に出会うまで(王国編13)
町の立札によると、冒険者協会というのは、町の門の近く、つまり外れにあるとのことだった。
(何かあった時のためだろうな)
国や町にとって良いモノや悪いモノは、すべては門の外から来る。
冒険者の集団というのは、抑止力になるんだろう。
端まで行くのか……と、少し躊躇したが、ここまで来たんだから、とクリスタはすたすたと道なりに沿って歩いた。
「君、そちらに進むと、町から出ちゃいますよ?」
声を掛けられたとき、クリスタは最初、自分に言っているとは思わなかった。
だが進路に影が出来たので顔を上げると、清潔そうな風体の青年がこちらを見ていた。
「お、お役人様ですか?」
思わず聞き返すと、相手は笑って頭を掻く。
「いいえ、ただの町の人間です。お家のお使いなら、この先に商店などはないですよ?」
着ている物から、どこかの家のメイドだと思われたらしい。
なるほど、こんな服を着たのが、町外れに向かっていたら気になるかも。
「あの、冒険者組合はこの先にありますか?」
「あぁ、冒険者組合に用事なんだ。失礼だけど、どんな?」
うーん、とクリスタは少し悩んだ。
(普通、見ず知らずの人間にそんな事訊くものかな――そんで、訊かれて話すものかな?)
町の常識が微妙に分からないので、どうしたものか分からない。
黙ってしまったクリスタに、青年は弁解するように口を開いた。
「ご主人様に、何かその無茶……難しい事を頼まれたりしなかった?」
何か気遣われている?
つまり、そういう困った感じの使用人がよく町に降りて来る……っぽい?
(だとすれば……尋ねてもいいかな?)
「…えーと、その、お嬢様のご婚約者の方が、お嬢様以外と仲良くしていらっしゃるようで。調べる事ができないかと」
うつむき加減に言ってみたら、納得してくれたみたいだ。
「なるほど、そう言う事ね。うーん、確かに冒険者組合の仕事に、人の調査もあるよ」
「本当ですか!」
やったー!と両手を胸の前で組んだが、続く言葉で消沈する。
「……だけど、冒険者組合への仕事の依頼は、未成年からは受け付けない事になっているんだ。お嬢様は、君と同じくらいの歳かな?」
「はい……」
この国の成人は18歳だ。だが庶民間では、結婚が認められる16歳からを成人とする習慣もあると本で読んだことがある。
お隣の帝国では17歳が成人なので、こちらへお輿入れする皇女様は17歳だという話だが――どの基準にせよ、まだ13のクリスタには無理だろう。
(伯爵家とは、クリスタが貴族学園卒業と同時に結婚という取り決めだったから、18歳じゃあギリギリだ)
やっぱり自分で何とかするしかない。
うん、とクリスタは頷く。
「有難うございました。お嬢様にはそう話します」
「うん、それがいいよ。真面目に困っているなら、まずお父上に相談を、とか勧めれば?」
「それはちょっと……お、ご主人様が強く勧めている方ですので」
「あぁ……」
何かを悟ったのか、相手が同情に満ちた顔になる。
「様子がおかしい事を婚約者に気づかれる位あからさまなら、その様子を記録しておくといいよ」
「記録?」
「そう、日付もきちんと入れて、どれだけ疑わしい事をしているのか紙に書いて残す」
「それが、不義の証拠になりますか?」
相手が目を見開いた。
意識せずに出てくる単語は、大抵前世知識によるものだけど、経験によればきちんとこちらに変換されているハズ。
(でもあまり一般的じゃないか。『浮気』って言えば良かった)
でも相手はすぐ答えてくれた。
「不義……そうだね、契約不履行っていうか、国法的には無理だけど感情には訴えるんで、ある程度書き貯まったらそれを見せる」
「どなたに?」
「自分の親が信用できないなら、相手の親だね」
確かに、伯爵なら厳重注意とかはしてくれそうだけど……それで態度が改まらなかったら?
(伯爵自身が乗り気だから、婚約解消は難しいかもしれないなぁ)
「あとうーんと細かく書いておくと、相手が引くかもしれない」
「! それいいですね……」
ローリエ様はおそらく『気持ちの悪い女』はダメなタイプだ。
面白がるとかはなく、ぞっとして近寄らなくなりそう。
(そっち路線で嫌われれば、あっちから婚約解消を持ちかけてくれるかもしれない!)
「有難うございます! 参考にさせていただきます」
嬉しそうにぺこりと頭を下げるクリスタに、青年はひらひら手を振った。
「お屋敷街へ戻って行きますね」
「うん」
クリスタに話し掛けていた青年が、主人と同僚の所に戻ってきた。
「後を付けさせますか?」
「いやそれには及ばないよ」
「気にされているんじゃないんですか?」
「少し……どこかで見た事がある気がしたんだ」
薄い笑いを浮かべる主人に、彼は「ふーん」と小さくつぶやいて、何気なく口を開いた。
「お嬢様の用事で来たって言っていたけど、あの子も貴族ですね」
「え?」
「言葉が違いますよ、平民と貴族じゃ」
「お屋敷の中で覚えたのではないですか?」
「あの子11、2歳位だろ? 語彙も仕草も、奉公に上がったばかりの平民のソレじゃなかったよ」
「下級貴族の次女、三女が高位貴族の家に入る事もありますからね」
「それとか没落したとかねー」
その言葉に、胸に手を当て彼女の去って行った方向に目をやる主人に、二人の侍従は苦笑と共にもう一度尋ねる。
「後を付けさせましょうか?」
「い……いい」
クリスタと話した方の侍従がは、両手の平を上に向けた。
「相手がメイドじゃ、どうしようもないですしね~」
もう一人が視線で咎めたが、主人はふうっと息を吐いただけだった。
「そういう意味じゃないからいいんだ……さあて、もう一回見回りして戻ろうか」
「はい」
2人とも胸に手を当てて、頭を下げた。
セルリアンは、以前、アリュシアーデに指摘されてから、たまに『あの子』を思い出していた。
(だから、あの子と同じ茶色の髪に目がいっただけだ)
三つ編みにしているせいか記憶より赤味が濃くて、でも少し跳ねているクセは同じで……未練がましい、とは自分でも思っていたが、無意識なので仕方がない。
今のセルリアンは、誰もが認める婚約者を持っているので、紹介されたり、近づいて来る女性はいない。
そのせいで余計に、唯一の女性へのこだわりとして気になってしまうのだろうと、自己分析を完了した。
セルリアンはまだ知らない。
この先、学園に入ると、婚約者に遠慮しつつではあるが、また周囲に女性達が集まってしまう事を。
そして去って行く茶色の髪の少女とは、意外と早く再会する事を……
…クリスタ、子供だと思われてます。
…背はそんなに低くないのですが、痩せてます。




