19.貴方に出会うまで(王国編12)
他の家は知らないけど、オトネル子爵家では、大体常時10人前後が使用人として働いている。
義母のえり好みが激しいのか入れ替わりが激しく、主人も使用人同士も互いに顔をよく覚えていないようだ。
(さすがに自分専属は覚えているようだけど、義母の甲高い声が響く時って殆ど「おまえ!」とかアレとかソレだもんね)
クリスタの専属の侍女やメイドも、10歳まではいたが、今はいなくなってしまった。母が生きていた頃は、それなりに親しかった使用人も、今は誰も残っていない。
……おかげで、メイド姿をしたクリスタが使用人のドアから出ても、誰も気にする人はいなかった。
このメイド服は、執事と同時期に辞めて行った使用人たちの物だった。
あの時は一度に何人もの人が辞めたので、メイド服の1枚くらい無くなっても分からないだろうと判断し、備品の管理室からそっと自室に持ち帰った。
小さいものを選んでもクリスタには大きかったけど、幸い『裁縫』は覚えていたのであちこち詰めて、何とか形になった。
鏡の前で、ヨシッと頷く。
「こんな事があろうかと……と言いたいところだけど、単にメイド服に対する憧れがあったのよねー」
実際、クリスタの心は、久しぶりに浮き立っていた。
前世では『ヴィクトリアン風メイド服』と呼ばれていた、丈の長い黒いワンピースと、白い襟、手首、エプロンを身に着け、貴族の屋敷街を抜け下町に降りる。
(何か、物語の主人公になったみたいで気分が上がる!)
たくさんではないが、同じような恰好をした女性がちらほらいたので、道にも迷わなかった。
貴族の屋敷街は、上に行くほど身分が高く、頂上にはお城がある。
子爵家は下の方なので、程なく下町のざわめきが聴こえて来た。
(まぁ、王都に屋敷があるだけでも、それを維持出来るほどの資産を持っている証になるんだけど)
資産管理の台帳を見たこともあるクリスタは、オトネル子爵家は割とお金持ちだと知っている。
(だからこそ、義母みたいな人が寄ってくるんだろーけどね~)
それにしても、義母やエリザは、家の中であんなに着飾っていて疲れないのかと思う。
貴族とはそういうものだと思ってる節があるが、クリスタの母は家の中と社交とで、きちっとドレスや装飾品を分けていたと思う。
少なくとも、今すぐ舞踏会に出られそうな姿で、家の中にいたことはなかった筈だ。
クリスタとて、メイド服だけではなく美しいドレスにも憧れはあったが、普段着は自分で脱ぎ着できる簡易なワンピース形が好ましかった。
だが父親は、義母やエリザのごてごてした華やかな姿が気に入っているようなので、この部分は放置してくれて助かったと思っている。
町に着くと、自分のような屋敷のお仕着せを着ている者は、てきぱきと目当ての場所へ吸い込まれていく。
(うーん、まずは一通り町の中を見たいなぁ)
あまりキョロキョロしても人目を集めそうなので、壁際に寄って町や歩く人を眺めているとウインドウショッピングをしている若い娘の中に、手に白いエプロンを持っている者を見つけた。
(なるほど、お仕事じゃない、もしくはお仕事が終わったメイドさんはエプロンを取ってるのね)
クリスタもエプロンを素早く外し、畳んで胸に抱いた。
王太子殿下のご成婚間近な為か、町には活気があった。
実はクリスタが町に降りたのは、これが初めてではない。
周囲はおぼろげな記憶しかないが、母と手をつないで石畳の上を歩いたのは確かだ。
(自分で歩いていたので、5、6歳くらいだった筈)
おそらく侍女と護衛も側にいた。
その時、お菓子屋さんの前に出ていた屋台で、小さな袋に入ったキャンディーを買ってもらった。
キラキラしていたお菓子にも見惚れたが、母が小さなハンドバッグから出した硬貨にも目が行った。
『こいん?』
『そうよ、これとお菓子を交換するの』
前世の余韻のせいか元々の性格か、硬貨に興味を持った娘に、母親は家へ戻ってから硬貨の種類を教えてくれた。
貴族と言っても上の方でなければ、お付きと一緒に町に降りる事はある。
その時にお菓子くらい自分で買えるようにと思ったのか、並べた硬貨を小さな柔らかい布袋に入れて母はクリスタにくれた。
『わぁ!』
『ふふ、お守りよ。大事にしなさい』
『はい!』
紐を付けてもらったその袋を首から下げ、クリスタは肌身離さず持っていた。
嬉しかったのもあるが、『お守り』という言葉を信じたのだ。
その後何年も、母の葬儀の時にも、葬儀が終った後も……手放せず、『お守り』は無事、義母の処分対象から逃れた。
勿論、今日も持っている。
屋台を覗いた限りでは、お菓子の値段は、あの頃とあまり変わっていない。
手持ちの硬貨で買い食いは充分可能だが、小銭で誰かに仕事を依頼出来るとはさすがに思っていない。
(先立つものは欲しいけど、まず調査人とか、そういった人を雇える場所があるかどうかよね)
この国には、冒険者組合というのがあるのは、本で読んで知っていた。
探偵とか、興信所とかその手の看板がなければ、冒険者組合を探してみるつもりだった。
「わざわざ貴方様が、町に降りなくても……」
「花嫁行列が通る道を確認するのは、結構重要事項なんだよ?」
町のメインストリートで笑うのは、背の高さなら青年だが、顔にはまだ幼さの残る若者だった。
中折れ帽を深くかぶって、顔を隠しているが、口元だけでも整った容姿が分かる。
「これだけ広ければ、大丈夫でしょう?」
「四頭立ても、あるみたいだけど……」
「多少、曲がる道もありますが、急がせなければ何とかなりそうです」
「顔見せでもあるから、ゆっくり通ると思うよ」
出で立ちは裕福な平民のソレで、両脇にいる従者2人も似たような様子だ。
良家の子息の外出としては珍しくないが、離れた所にも何人か護衛がついていた。
主人らしき青年が、何かに気づいたように、視線を止める。
「ねぇ、あれって……」
「あぁ、どっかの御屋敷の使用人でしょう。お仕着せからして貴族の家でしょうね」
「何か、きょろきょろしてない?」
「まだ子供だし、お使いで初めて町に降りてきたのかもしれませんね」
「あんな小さい子を1人で?」
「それほど珍しくないですよ。家のお嬢様付きとかでしょう」
歳の近い子を侍女にする為に、小さい頃から付けるんです、と右側の従者が言うと、左側の従者が少しおどけて、自身の体験談を語り出した。
「また『お嬢様』っていうのは、無茶振りしたりしますからね~ 珍しいお菓子位ならいいけど、昔、本家のお嬢様に下町の占い師に『恋のかなうお札』をもらってきて、とか言われた事ありますよ」
「それ、どうしたんです?」
「それらしい紙に包んで、神殿のお札を渡しました」
「妥当ですね……っと、あの子町の外れ目指してますね」
主人の目線をたどった従者が、声を上げた。
「あの子も、何か非合法な物でも頼まれたかな?」
 





