18.貴方に出会うまで(王国編11)
意外な事に、ローリエの父親、リュクス伯爵はまともな人だった。
「クリスタ嬢、ようこそ。君のような真面目な人が、ローリエの婚約者で良かった」
質素な装いで伯爵邸に通されたクリスタにを見て、伯爵は明らかにほっとした様子だった。
装飾一つない姿は子爵令嬢としては地味過ぎて、引かれても仕方ないと思っていたのだが……
(実際、伯爵夫人は残念そうな表情を隠せず、簡単な挨拶をして引っ込んだし)
思わず首を傾げたクリスタに、伯爵は申し訳なさそうに口を開いた。
「実はオトネル子爵家の令嬢が、とても……その、活発なタイプだという噂があってね……」
クリスタは、あぁ……と納得した。
噂になっているとは思わなかったが、義姉はよく買い物や気晴らしに街に降りているらしい。
『エリザは幼い頃体が弱かったから、あまり外に出たことがなかったのよ』
今は少し元気になったので、あちこち出歩ける事が嬉しいんだわ、と義母が玄関で父親に話しているのを、階段の上から聞いた事があった。
(少し元気になったくらいであちこち出歩けるなら、もともとたいして弱くなかったんじゃないかしらね?)
「それは、おそらく義姉ですね」
「君にはお姉様がいたのかね?」
「四年前、母が亡くなった後、義母と一緒に子爵家に入った方です」
息子の婚約者の家族構成を知らない事は意外だったが、跡を継ぐクリスタの上に姉がいるというのは、少しややこしい話である。
家は、男子がいないなら、長女が継ぐのが普通だ。
(元愛人で現妻の娘……を説明するのも面倒で、省略したのかな)
「そうだったのか……オトネル子爵は堅実な方なので、令嬢の話はおかしいとは思っていたのだが」
(堅実……? まぁ仕事には手堅いか)
「父は義姉の、その活発なところを気に入っているようです」
「そうか……」
伯爵はローリエと同じ水色の瞳に、同情するような色を浮かべてクリスタを見た。
「義姉上がそのような方なら、父として子爵が気にかかることも多いと思う。そしてクリスタ嬢、子爵は君がしっかりしているので、安心しているのだと思う」
「安心、ですか」
「あぁ、君はもう子爵家の仕事を手伝っているそうだね」
「はい、少し……」
最早少しどころではないと思うが、それを他家の人間に言う訳にもいかない。
むしろ、伯爵がそんな内情をなぜ……と思う。
(あ、父親がそれを私のセールスポイントにしたのか!)
まだ若いとはいえ、ローリエ子爵令息は、あまりにも考えなしである。
この日も、子爵家から伯爵家にクリスタを送り届けたまではいいが、その後すぐに『用があるから』と外出してしまった。
おそらく二人で会う約束でもしていたんだろう。
(どうりであれだけ『伯爵家』に憧れる義姉が、伯爵邸に一緒に行くと言い張らなかった訳だわ)
しかも、ローリエは会うたび香水の匂いが漂ってくるので、義姉だけでなく、複数の女性と交流している節もある。
婚約者が決まった後でもこれでは、先が思いやられるだろう。
そんな息子がこの先、貴族家を継ぐのなら、実務を担えるしっかりとした妻は必要不可欠になる。
「学園入学前で、しかも令嬢の身で領地経営を手伝っているなんて話、私は聞いた事がなかったよ」
(やっぱりそういうものなのか)
半年前辞めた執事もそのような事を言っていて、うるさがった雇い主から解雇された。
クリスタの為を思っての言葉だったのだろうが、彼が辞めたおかげでクリスタの仕事が増えてしまった。
(新しい執事は、経験が浅そうな若造で、全然こちらの仕事には関わろうとしないし)
彼は家の中の差配が主で、クリスタが見かけるたび義母がべったり張り付いているが、父は気にしてないらしい。
(騒がれるよりマシ位に考えてるのかな)
前の執事は、義母や義姉にもいい顔はしていなかったから。
「家の恥をさらすようだが……次男で家を継げないから不憫だと、妻が甘やかして育てたせいか、ローリエは物事を単純にしか考えられない」
確かに、クリスタから見ても、彼の行動は好きか嫌いかの二択しかない感じだった。
「だから、どこかへ婿入りをさせても、領地経営等には向かないだろう」
伯爵はきっぱりと断じた。
息子に冷静な判断を下せる態度は、とても好感がもてた。
「騎士団へ入れるしかないかと思っていたが……」
貴族の子弟が騎士団に入ると、2、3年真面目に勤めれば、一代限りの騎士爵が与えられるという。
騎士団のリクルートと、跡取り息子以外への救済策だろう。
「オトネル子爵から跡取りのお嬢さんが優秀で、息子には婿になって支えてくれればいい、と申し出があってね」
「そうだったんですか」
大体予想通りである。
父は父で、貴族子弟の情報を集めていて、リュクス伯爵家の次男の話を聞き、渡りに船だと思ったのだろう。
「クリスタ嬢、ローリエは未だ浮ついているが、来年は学園に入学する。師について同年代と学ぶことで少しは変わってくるだろうし、私も鍛え直すつもりだ。どうかローリエを見捨てないでやってほしい」
伯爵様に頭を下げられて、クリスタはあわてて口を開く。
「そんな!リュクス伯爵、止めてください」
顔を上げた伯爵に、クリスタは精一杯誠実そうに微笑んだ。
「私も縁あって、ローリエ様と婚約させていただいた者です。出来る限りのことはさせていただきます」
「有難う、クリスタ嬢」
伯爵は感動しているようだった。
勿論、ローリエが真面目になってくれるに越したことはない。
ただ、今まで見て来た様子では、とても難しいんじゃないかとは思う。
(保険は必要よね)
伯爵には言えないが、ローリエがこのまま成長して、ないがしろにされ続けられてまで、彼を婚約者から伴侶にするほど、クリスタは甘くなかった。
(この先何が起こるかは分からないけど、まずは証拠を集める手段を考えないと)
自分の証言なんかに、意味がない事は分かっている。
父や伯爵を納得させることが出来るくらいの相手の、証言や証拠が必要だ。
(この世界に探偵とかいるのかしら)
姉に倣う訳ではないが、クリスタも街に降りる手立てを考え始めた。
…クリスタはローリエじゃなく、伯爵だったら良かったのになーとか考えてます。




