17.貴方に出会うまで(王国編10)
数日前から街は、帝国から嫁いで来られる皇女殿下の歓迎で一色だった。
婚礼の日、帝国の花嫁はそんな人々の期待を裏切らず、王宮まで続く大通りを、豪華な飾りを付けた馬車を幾つも連ねて入って来て、沿道の興奮は最高潮に達した。
「あ!今来た馬車が皇女様のでしょ?」
「きっと、そうだよ。エリザ、君の瞳は美しいだけでなく、よく見えるんだね」
「ローリエ様ったら……」
嬉しそうに頬を赤らめて、青年の胸に手を当てる少女。
どこからどう見ても、幸せそうな恋人同士である。
別に異論はない。
男には別に婚約者がいて、女は男の婚約者の義姉でも。
その婚約者であり、義妹であるクリスタは、その様子を見ていたが、もはや何とも思わなかった。
半年前に婚約して以来、こんな事は日常茶飯事だったからだ。
「お城の婚姻式見たいわ~。ローリエ様は行かないの?」
「父と母が行ってるよ」
「うわーすごーい!」
「ははは」
伯爵家以上の上位貴族には、招待状が行ってるんだろう。
ローリエの自慢げな笑い方が耳に障って、クリスタはさりげなく二人から離れた。
事あるごとに、自分が伯爵家の一員であることをひけらかすローリエには正直うんざりしていた。
『君と結婚して子爵家の当主になっても、僕は伯爵家の誇りは忘れないよ!』
コレを聞いた時、エリザは感動していたが、クリスタは、当たり前のように『子爵家当主』になるという相手にしらっとした。
(いつまでも、実家の事を持ち出す婿なんて、うっとおしいだけだと思うけど……ここでは違うのかしら)
そんなに伯爵家がいいなら一生実家で過ごすか、同じ伯爵家に婿に入ればいいのに、その器量もないと自分で言っているようなものだった。
13になった日、クリスタは父親から、お前の婚約者を決めたと言われた。
「婚約者を決めるなら、私よりお義姉様の方が先では?」
「エリザはお前と違って、候補が多すぎて絞れない。それに一応跡を継ぐのはお前だからな。きちんとした婚約者がいた方がいいだろう」
(一応なんて言ってないで、御自慢の義姉に、跡を継がせればいいじゃないですか?)
一つ上の義姉の頭は空っぽ……ではなく、ドレスとアクセサリーしか入ってない。
父も義母もそれを良しとしてるのだから、救いようがない。
「相手は伯爵家の次男だ。午後にこちらに来る。お前にはもったいない相手だ、大事にしろ」
跡取りになれない次男には爵位とお金が手に入り、こちらは爵位が上の伯爵家から婿をもらうことで箔が付く。
(絵に描いたような政略結婚ね)
父親に言い返したい事は山ほどあったが、言った所で何も変わらず、むしろ不機嫌に怒鳴られるのは経験で学んだ。
何も言わずに父の書斎を出ると、義母がいた。
「あらクリスタ、久しぶりね。同じ家にいるとは思えないわ。そうそう、婚約者が決まったそうね、おめでとう」
「有難うございます」
くすくす笑う厚化粧に、軽く頭を下げ、そのまま行こうとすると、角を曲がったところに今度は義姉が待っていた。
(分かっていたけど厄日だー)
「クリスタ、あんた婚約者が決まったそうじゃない。しかも伯爵家の御曹司でしょ!」
「はぁ」
「パッとしないあんたに、もったいないわね」
「義姉上には、もっとたくさんのご縁が来ていると伺いました」
「そうなの! どの方もみんな素敵で、一人になんか選べないのよー」
「そうですか」
それでは……と、去ろうとすると、義姉は追いすがって来た。
「顔合わせするんでしょ? そんな恰好じゃダメよ、あたしがドレス貸してあげる!」
「いえそれは」
「あんたのその地味な恰好何とかしてくれって、お父様にも頼まれているのよ!」
余計な事を……と思わないでもなかったが、確かに貴族の子息に会う服なんて持っていなかった。
連れていかれたエリザの部屋は、派手な調度や装飾品でキラキラだった。
これに比べれば、自分の部屋はさしずめ独房だが、むせ返るような香水の匂いのせいか、羨ましい気は湧かなかった。
乙女心はとうに擦り切れているらしい。
(仕方ないか、前世とあわせれば軽く30越えてそうだもんね)
「ほら、これなんかどう?」
エリザが次々出してくるドレスは、どれもこれも孔雀が逃げ出しそうな派手なもので、到底自分に似合うとは思えなかった。
「お義姉様には似合うと思いますが、私にはちょっと……」
「もーワガママなんだから!クリスタは」
「あら、まだ決まらないの?」
義母も乱入して来た。
結局、義母娘で好き勝手話している隙に、何も借りずに退散した。
部屋に戻って、香水の匂いが残っている服を叩いて、ほっと息をつく。
母のドレスが残っていたらなぁ、と思う。
母は控えめな人だったら、少し手直しすれば着れるものがあっただろう。
母の物は、クリスタが父の裏切りにショックを受け、前世の記憶を呼び起こして呆然としている間に、全て義母の手によって処分されてしまった。
ただ、クリスタの衣装箪笥の下に、母が隠しておいてくれた宝石は見つからずに済んだ。
皆が寝静まった後、時々それを出して眺めていると、一日中誰とも話さなかった日でも、ほっと息が付けた。
「はじめまして、ローリエ・リュクスです。クリスタ嬢ですね?」
現れたのは、金髪でビー玉のような水色の目をした、外見だけは王子のような青年だった。
そしてとても自然に、義姉に握手を求めた。
「きゃ、あら~」
エリザは恥ずかしがるように両手を頬に当てた。
まぁ仕方ない。
どう見ても、エリザと自分の外観は、お嬢様と使用人だ。
なぜか当然のように義母は、婚約者の前に自分とエリザを並ばせたし、それを止めなかった父は苦笑いを浮かべて、そちらは姉だと訂正した。
そしてこちらをにらむ。
「クリスタ・オトネルです」
「……失礼しました、クリスタ嬢」
取り繕う様に笑顔を見せたが、気が付けばローリエの視線はエリザに向かっていた。
以後、ずっとそんな調子だった。
自分でも、最初の服装に関しては、初めて会う婚約者に対するものではなかったと思う。
けれど、例えエリザの孔雀ドレスを借りても、結果は同じだったろうし……もしかしたら、どんな姿の自分でも、婚約者というなら大切にして欲しいと思っていたのかもしれない。
あるいは、自分をこの屋敷から連れ出してくれる、白馬の王子様ではないかと……
「結構、乙女だったね……私も」
仕方ないわ――自分のどこかにいる13のクリスタが、泣きそうな顔で笑っていた。
…久しぶりのクリスタです。
…どんどん目からハイライトが抜けていく時期です。




