16.君に出会うまで(王国編9)
王国の王太子と帝国の皇女の婚約が、正式に決まった三カ月後、王城の貴賓室の一つでは、別の婚約誓約書が交わされていた。
「という訳で……これからよろしく、婚約者殿」
おどけながら差し出されたセルリアンの手を、『淑女の鏡』と謳われる公爵令嬢は、そっと両手で取った。
「感謝いたします。セルリアン第二王子殿下」
それほど広くはない部屋にいるのは、この城の最高責任者であり、セルリアンの親でもある王と王妃。
アリュシアーデの親のフォートナム公爵と、宰相であるラオ侯爵。
全員どこか微妙な表情なのは、ここに至った経緯を考えると、致し方ないという所だろう。
王太子と帝国の皇女との婚約に従い、それまで王太子の婚約者だったアリュシアーデが自由になった。
有力な公爵家の跡取りであり、才色兼備を国から保証されているような、元王太子妃候補のアリュシアーデには、国内外から婚約の申し込みが殺到した。
困惑し、苦悩する、まだ傷心の幼馴染に、第二王子であるセルリアンが手を差し伸べた――というのが、貴族社会が知る事情だ。
王と宰相は、固い表情だがこれでいいと頷き、フォートナム公爵は納得のいかないようなムッとした表情で……王妃は、情緒が乱れているような顔だった。
もちろん彼らは、アリュシアーデと帝国の皇女との、やり取りなど知らない。
故に、この婚約が数年後には婚姻に続くと信じていた。
だが実際は、王太子が皇女との婚姻後に、アリュシアーデを娶るまでのカモフラージュだ。
提案者はセルリアン。
言われてみれば、これしかないという選択ではあったが、長く見積もれば、19歳でセルリアンの婚約者がいなくなる。
その事についての心配が、他の2人から寄せられたが、本人はあっさり流した。
「僕から言いだしたんだから、その辺の心配は無用で」
「でも、その頃には同じ年頃の令嬢は皆様、婚約か結婚されていますよ!」
「まぁ、誰か残ってるかもしれないし……留学するつもりなんで、そっちでいい人が見つかるかもしれない」
「留学って……?」
「兄上との交換条件で、全てがうまくいったらロードサイトに二年くらい行って来る」
己の婚姻だというのに、あまり真面目に考えているとは思えない台詞だが、セルリアンの表情がとても嬉しそうなので、アリュシアーデは口を閉じた。
彼がずっと、かの国に憧れているのは、彼女も知っていた。
テオバルドとも話し合ったのだろうし、正直とても助かる彼女としては、お礼の言葉以外言えない雰囲気だった。
王妃が密かに誤解しているが、セルリアンとアリュシアーデは、お互いに幼馴染としての『情』しかなかった。
ただ、裏を返せば、それくらいの情はあるので、お互いをおろそかにはしないし、それよりなにより……
――2人とも、お互いより、テオバルドの方が大事だった。
セルリアンもこれ以上、(誰にとっても)虚しい見合いをせずとも済む。
いずれ確実に無くなる婚約の相手として、お互いこれ以上有難い相手はいなかった。
「……分かりました。本当に助かりますわ、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしくね」
にこっと笑うセルリアンに、自分の境遇を憂いている様子はかけらもない。
それが、アリュシアーデの不安を煽って、余計な事を言わずにいられなくなった。
「セルリアン、これだけは約束して」
「な、なに?」
「誰か好きな方、結婚しても良いと思える方ができたら、私に相談して」
迫力に圧されるセルリアンの手を取り、その眼を見つめて彼女は誓うよう告げた。
「その時は、お相手がどこのどのようなお方でも、絶対に私が後押ししますから」
ややあって、口元に微笑みが戻ったセルリアンが軽口を叩いた。
「もし相手が平民でも、他国人でもってこと?」
アリュシアーデは全く躊躇せず、顔を縦に振った。
「勿論よ。可能なら家や、親戚の家の養女すればいいし……もし、もしもよ? 既にお相手がいるとか、既婚者とかの場合は……少し調べて、不幸なご結婚をされていたら、あらゆる手を考えるわ!」
盛り上がってる幼馴染の気持ちは嬉しかったが、セルリアンはやんわり言った。
「……それは止めてあげて」
王宮のテラス。瀟洒なテーブルを挟んで話し合う二人の仲睦まじげな様子に、周囲はそっと微笑みを交わしていた。
勿論声は届いていない。
王国の跡継ぎである第一王子だけでなく、美貌の第二王子にも婚約者が出来た事で、セルリアンに恋していた令嬢達は一斉に涙した。
その親は、これで下手な希望を持たせず、彼女らに相応の婚約者を作ることが出来ると、一様に安堵した。
中には、本気で己が選ばれると思い込んでいた令嬢もいて、
『どこの女が私のセルリアン様を……!』
と呪詛する勢いだったが、相手があの『フォートナム公爵令嬢』だと知ると、唇を噛みしめ諦めざるを得なくなった。
それだけ、『アリュシアーデ』は、令嬢として他から抜き出ていた存在だった。
自身の後見でもあった、フォートナム公爵の令嬢を失った王太子を心配する者もいたが、第二王子がきっぱりとこれからも王太子の補佐をすると宣言した事もあり、概ね帝国とのつながりを歓迎する声が多かった。
こうして王国も帝国も、表面上はすべてが丸く収まった。
されど、各々はその下で、ここから静かに動き出した。
…毎日、ほんっとーに暑いです(>_<)
…皆々様、無理せず、お体にお気をつけください。
(私は寝込みました…)
 





