2.昨年度の生徒会長が現れた!
もともとローリエ様には、期待していない。
浮気の証拠を集められるだけ集めたら、相手の有責で慰謝料をもらって(それならお父様を説得できる)、婚約破棄するつもりだった。
だが、その相手が義姉では、この手は使えない。
(もう捨てるか、家)
義母が来てからは、屋敷内の待遇も変わった。
あからさまな虐待こそなかったが、よそよそしい雰囲気の中、一人書斎で文字通りの『冷や飯』を食べながら仕事をさせられていたので、家にも使用人にも愛着はない。
幸い、前世は庶民。
しかも、奨学金とバイトかけもちで学費を賄っていたくらいの、お寒い経済状態だったので、家を出て平民でも暮らして行ける自信はある。
初期費用も、母が私のタンスの二重底の下に、隠しておいてくれた宝石がある。
天国のお母様には、感謝の言葉しかない。
(おっとりした人に見えたけど、知っていたんだろうな……)
父の浮気も、自分の死後、その相手が家に乗り込んでくるのも。
母の実家も子爵家だが、祖父も祖母も既に他界し、現在の当主である母の兄は母の葬儀にも訪れなかった。
つまりクリスタが頼れるのは、母の宝飾品だけという事だ。
頭の中で、宝石の換金方法を考えていた私の腕を、元婚約者がきつく握った。
うざいな!この色ボケ脳筋役立たずは。
(よりによって、浮気相手の中から義姉を選んでくれちゃって……)
エリザが相手でも、オトネル子爵家に養子に入れると踏んだんだろうが、他に婿入りできる相手もいなかったんだろう。
「何ぼやっとしてるんだ! 大切な話をしてるのに」
「分かりましたから、この手を離してください!」
「離したら逃げるだろう!」
「痛いんです!」
急所でも蹴り上げてやろうかと思った所に、どこかで聞いたことのある声がして実行せずに済んだ。
「彼女から手を離したまえ、リュクス伯爵子息」
振り向くと、校舎側の道から、背の高い男性がこちらへ歩いて来るのが見えた。
「なにを余計な……! あ、え、セルリアン殿下!?」
いきなり現れたこの国の第二王子殿下に、驚いたまま離れない脳筋の手を、セルリアン殿下が外してくれた。
私も驚いたが、急いで礼を言った。
「有難うございます、殿下」
殿下は2つ年上で、既に学園を卒業されているが、何か用があったのだろう。
「礼には及ばない、クリスタ嬢」
殿下は昨年の生徒会長だったので、委員会で何度か話したことがあった。
それだけの関係で、名前を覚えていてもらえたのは、素直に嬉しかった。
黒髪碧眼の第二王子殿下は、本物の美形だ。
国王陛下も渋いイケオジだし、王太子殿下も優し気なイイ男だ。
だが第二王子殿下は、近隣諸国からも婚姻の申し込みが殺到したという、今でもお美しい王妃殿下の男性バージョンである。
(こんなに似てるのに、女顔にならないのって不思議だわ)
殿下はあくまでも美女でなく、美形である。
口を半開きにし、顔を赤らめたエリザが目の端に映った。
在学時も、女生徒の熱狂的な視線を集めていたが、既に筆頭公爵の令嬢と婚約していたので、暴走する女生徒は少なかった(いたことはいた……)。
「あ、あの、ありがとうございます!」
いきなり話し掛けてきたエリザに、殿下は眉を寄せた。
何故お前が礼を言う……の前に、身分が遥か上の者に、自分から話しかけるなんてマジ止めて欲しい!
身内の不始末に、私は急いで胸に手をあて頭を下げた。
「無作法を謝罪致します。彼女は私の義姉です!」
「オトネル子爵家の……? 学園に君以外の、オトネル子爵家の令嬢は通っていないはずだが、なぜここに?」
「あ、観てみたいと頼んで……!」
セルリアン殿下は、エリザの視線の先のローリエをじろりとにらんだ。
「そ、そうです。クリスタは気が利かないので、一度もエリザを学園に呼んだりしなかったので、ぼ…いえ、私が呼びました」
「部外者が学園に入るのは許可がいる筈だが、取っているのだろうね?」
「部外者など……彼女はクリスタの姉ですし、私の婚約者になる人です」
そんなん思いっきり『部外者』だ。
卒園式や行事の際、『親』や『婚約者』が学園に入れる日もあるが、それだって事前に届け出が必要だ。
(許可取ってないのか……)
そんな予感はしていたが、頭が痛い。
しかし殿下は、それを追求するよりも、ちらっと私を見て他の事を尋ねた。
「君の婚約者は、こちらのクリスタ嬢では……」
「変更したんです。なのに、クリスタは聞き分けのないことを……」
何を言いやがりますか!
聞き分けのないのはお前達だろうが!
問いかけるような殿下の視線に、私は思いっきり首を振った。
「そのような事は、私からでなくご自分で家に告げるべきだと、リュクス伯爵子息にはそう申し上げました」
「ふむ、クリスタ嬢。君は、婚約者変更についての異論はないと」
「はい!」
令嬢にあるまじき力強さで、頷いてしまった。
殿下はしばしの沈黙の後に、頷いた。
「そうか……よし、リュクス伯爵子息にクリスタ嬢の義姉上とやら。君たちの婚約は、私の名にかけて請け合おう」
「は……?」
「なんだ、私では不足か? 王家の名にかけてもいいぞ」
「と、とんでもございません!」
あわてて頭を下げるローリエ。
「よし! では、許可証のないその女性を連れて、君は早々にここから立ち去るように」
「そんな! わたくしは殿下ともっと……!」
殿下に縋りつこうとするエリザを、どこからか現れた護衛達が引き離す。
(もっと、何なんだろーな……)
彼らはそのままローリエ様も拘束して、有無を言わさず二人を連れ去った。
何事か叫んでいる声は、どんどん遠くなりすぐ消えた。
「災難だったな、クリスタ嬢」
ふうっと息をはいた殿下を、私は見上げて尋ねた。
「あの……なぜ、あの二人の婚約を殿下が……?」
「……それについては、あの二人を片付けた上で、君に頼みたいことがあったんだ」
それは何ですか?と尋ねる前に、取りあえずこちらへ……と促され、私は殿下の後についていった。