9.君に出会うまで(王国編2)
兄が婚約したことで、年ごとにセルリアンの周囲も騒がしくなって行った。
だが本人は終始笑顔で、
『自分は王太子ではないので、幼い時から婚約者を決め、妃教育をする必要もないでしょう?』
と問い掛ける事で退けていた。
第二王子が、王太子のスペアであることなど、皆承知している。
それでも公然と
『そんなことはない。貴方の婚約者にも妃教育が必要だ』
等と言うのは、セルリアンが王太子になる可能性を示唆しており、現在の王太子に対する不敬になるので、おいそれと口にする訳にはいかなかった。
また、筆頭公爵家の娘を、王太子の婚約者に迎え、国内のパワーバランスは安定しているし、王太子のスペアである第二王子を、国外に出す訳にもいかない。
国の上層部としては、今のところ、政治的に第二王子の婚姻を使う場所もないので、性急に決めずともよかろうとこの件を保留にした。
ただ、娘を持つ上級貴族たちからは、早く第二王子の婚約者を決めてもらわないと、選にあぶれた娘の婚約者を決めるのが難しくなるとして、徐々に不満が出てきた。
王妃はその意見をもっともとして、第二王子が12歳を過ぎると、定期的に同じ年頃の令嬢を招いて、お茶会を催した。
勿論、その席には当の本人も出席させたが……
「どなたか、気を惹かれる令嬢は、いなかったのですか?」
と尋ねると、
「どのご令嬢も、美しく教養豊かで、とても1人には選べません」
と返され、思うような成果が得られず、王妃は毎回ため息をついた。
セルリアンはどの令嬢にも、礼儀正しく、愛想よく、王子として完璧に接していた。
その姿勢は、褒められこそすれ、非難する事ではない。
問題は、どの令嬢にも、等しく同じ反応しかしなかったということだ。
確かに、『夢の王子様』そのままのセルリアンの姿や仕草に、どの令嬢もぽーっとしてしまい、実りのある会話は殆どなかったが……
(もしかしたら……)
王妃は、下の息子には誰かが、意中の相手が心にいるのではないかと思い至った。
そんな話は本人は勿論、仲の良い兄や、常に一緒にいる侍従達からも聞いたことがなかったが。
(隠さねばならない相手、という事かしら……?)
そう考えると、思いつく相手は一人しかなく、王妃はセルリアンが兄の婚約者、アリュシアーデを彼も想ってるのではと考えた。
アリュシアーデはセルリアンより一つ上だが、二人は幼馴染で仲が良かった。
他の令嬢達と比べても頭一つ抜けている、美しく聡明なアリュシアーデに、恋をしても仕方ないが、兄の婚約者で未来の王太子妃である。
セルリアンも告白する訳にはいかないだろうし、王妃としても母としても、彼に協力する訳にはいかなかった。
それでも、息子を不憫に思った王妃によって、彼のモラトリアム期間はなし崩しに延長された。
セルリアンは、たまたま図書室で一緒になった兄に、少し言いづらそうに近況を語った。
「最近、母上が憐憫の眼差しでこちらを見ています……」
「憐憫? なんで?」
兄のテオバルドは、持っていた本から顔を上げ、弟の自分と同じ青の瞳を見た。
「分かりません。兄上は何かご存じありませんか?」
「分からんな。お前を哀れに思う事なんてないからなぁ」
テオバルドは首を傾げた。
「僕も、自分を憐れんだことはありません」
即答した弟を、テオバルドは苦笑を浮かべ見つめた。
「……うーん、そういうところは、少し哀れかもしれんな」
「どういう意味でしょうか?」
「生きていくには、挫折が必要だと、僕は思っている」
「挫折?」
「お前は賢いから、何か壁に当たっても、それを諦めるに足る理由を思いつきそうでな」
セルリアンが首を傾げた。
「それは、いけない事ですか?」
「いけなくはない。だが、自分以外に話せば、思いもよらなかった解決法があるかもしれないぞ」
兄は笑って、弟の秀でた頭に手を当てた。
「誰かに頼ることも、悪くないってことさ」
そう言い残し去った兄の背中を、弟は黙ったまま見送った。
大抵の大人より、自分の方が頭が良いから、相談するのは無駄だ――
とまでは、考えてなかった筈だが、そういえば物心ついてから、誰にも『相談』したことがない自分に、セルリアンは気づいた。
だからと言って、相談する話もないしなぁ……と、この時のセルリアンは本当に思っていた。
婚約者の事も。
実の所、セルリアンの言葉には、明確な意図があった訳ではない。
王妃のお茶会で紹介される令嬢は、本当に、誰もかれもが同じに見えたのだ。
毎度、同じように腰かけ、同じような表情をして、同じようなキラキラした装飾品に包まれた令嬢方を見ながら、
(もう、こちらの意見を聞かずに、条件で選んでくれないだろうか?)
王妃が聞いたら、怒りのあまり扇子を折りそうな事を、セルリアンは考えていた。
それでも、そろそろ決めなくてはと思ったのは、既に内外で王太子として認められていた兄が、成人年齢に達したと共に、正式に立太子式が行われたからだった。
厳かな式と、堂々とした兄の姿に、自分も大人にならなくては、と婚約者選びに前向きになったセルリアンだったが……
次代の国王を祝う、臣民の興奮がまだ冷めやらぬ中。
王国を揺るがす申し込みが、隣にある大国、デュアリー帝国からもたらされたのだった。
…王妃様の、以前のお気に入り扇子は『陛下の隠し子疑惑』(事実無根)を聞いた際、尊い犠牲になりました。
…王様出て来ないけど、王国の為に頑張って働いてます。
…政略結婚ですが、夫婦仲は良好です。




