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【書籍化】クズの婚約者とはオサラバできそうですが、自分は自分で罠にはまってしまったかも?  作者: チョコころね


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番外編:ベアトリス皇女は振り向かない 7


 王国の後継者と帝国の皇女の婚礼は、華々しく行われた。

 始まりの合図となった、幾つも美しい馬車が連なる花嫁行列には、王都の民がこぞって花を巻き、手を振った。


 馬車の中から『美しい皇女様が手を振っていたのを見た』と、興奮して話す人々もいた。


「……良かった~ 間に合って本当に、良かった~」


 その『美しい皇女様』の口からは、完璧な外見とはそぐわない、間延びしたつぶやきが漏れていたが。


「昨日、一昨日は、馬車の中で倒れるように眠ってましたものね……」


 礼儀正しく、少し頭を低くして隣に腰かける侍女が、しみじみとつぶやく。

 昨日までは、座席で倒れ伏す皇女の隣で、顔を隠すレース付きの帽子をかぶり、凛と背筋を伸ばしていたのは彼女だった。




 公爵令嬢との密会は、行きは勢いだけでなんとかなったが、帰りが辛かった。

 次の日には重度の筋肉痛になり、ほっとして気が抜けたのか、精神的疲労も加わって、ベアトリスはその晩からまともに起き上がれなかった。


 仕方がないので、馬車までの歩き、および乗り降りはリカに任せた。

 ベアトリスを背負ったリカに、長く厚いヴェールを引きずるようにしてかぶせる。

 かなりの重量になったと思うが、何でもないようにすたすた歩くリカの後ろを、何事もないようにしずしずとマリオンが付き従った。


 ベアトリスからしてみれば、ツッコミどころ満載だと思われたその姿は、頭を下げたまま並んで見送る周囲からすれば、揺れるヴェールの裾以外何も見えてなかったらしく、何の反応もなかった。

 あるいは皇女様なんだから、何でもアリと思われたのか……。


 ベアトリスの脳裏に、前世で聞いた落語のネタが過ぎる。

 

(コレ知ってる……二人羽織(ににんばおり)ってヤツだよね~)


 いっそこれで食事もさせてほしいと思ったが、さすがに口に出せなかった。





 王城の門をくぐった後は、ベアトリスの乗った馬車だけが先へ進み、やがて止まる。

 馬車のドアが開き、降りる為に伸ばされたベアトリスの手を取ったのは、まさかのこの国の王太子だった。


 『王国物語』の王太子(ヒーロー)殿下は、弟殿下のような超絶美形ではないが、優しげなインテリ系イケメン設定だった。

 今、その具現が、ベアトリスの目の前で、誠実そうな笑顔を浮かべて立っている。


(どっかの板で、『挿絵にメガネをかけさせたい!』ってスレッドが立ってたっけ。激しく同意だわ……!)


 馬車からベアトリスが降りると、恭しく手を取ったまま、王太子は片膝を付いた。


「ルコンテス王国へようこそ、我が花嫁殿。お初にお目にかかります、テオバルドです」


 そして、甘い言葉を甘い声で告げると、白い手袋の上からベアトリスの手に口付けた。


(甘っ……激甘だわ! 何の罠なのコレ?)


 表向き、王太子は、帝国の皇女を大切に扱わなければならない。

 つまり、そういう作戦なんだろうとは分かるのだが……今世、ロクな男が側にいなかったベアトリスには刺激が強過ぎた。


(しっかりしなさい、ベアトリス! これから、この人と一緒に暮らすのよ…!)


 ぐらぐらする己を叱咤し、気合いを入れ直す。


(それにしても……)


 もしこの場にいたのが、何にも知らない、『祖国を追い出され、元婚約者に傷つけられたままのベアトリス』だったら……


(異国のハンサムで誠実そうな王太子に、甘い言葉をささやかれ、優しく扱われたら……ポーっとして、惚れちゃうよね)


 それで、当然のように、前の婚約者(アリュシアーデ)――今でも王太子の心にいる女が、憎くなるよね……


(あの物語、やっぱりココが舞台なんだなぁ)


 諦観に浸りそうになるベアトリスに、王太子は自然な仕草で顔を寄せ、押し殺した声で囁いた。


「……失礼します。今だけしかないんです。私が貴女と二人だけで話せるのは」


 エントランスまで出迎えに来た理由は、帝国向けの演出だけじゃなかったらしい。

 ベアトリスも気を引き締めて、王太子にエスコートされるまま、寄り掛かるようにして歩き出した。


「私は、出来る限りですが、貴女の希望に寄り添えるように、努めたいと考えています。貴女は、何か……私に告げておきたい事はありますか……?」


 耳に届く声は、かすれる程小さかったが、こちらを気遣う温かみが感じられた。


(実際、優しい人なのよね……)


 私の愛した物語の、主人公ともいえる彼は、この先国を支える為、苦悩し、非道な決意をする事もある。

 けれど常に、その根底に流れているのは、愛しい人や親兄弟、国民、この国土を守りたいと願う、強く優しい思いだった。


(大好きな話の、大好きなキャラだった……けど、ベアトリス(わたし)が惚れてはいけない人だ)


 だから言っておきたいのは


『約束を守ってください』

『よろしくお願いします』


 じゃなくて、


「……テオバルド様、今この時から、私を貴方の『盟友』にしてください」


 物語の中の彼と共に歓び、共に嘆いた。

 10代の『アタシ』は、ずっと『テオバルド』と友達になりたかった。

 あの頃の純粋な思いではないけれど、この人を支えてあげる事が、今の私にはできる筈だ。


 見上げると、驚きに見開かれた、明るい碧玉のような瞳と合った。

 ベアトリスの瞳が『深い海』の青なら、王太子の瞳は『明るい海』の青色だった。


 ルコンテス王家特有の青――それは、やがて生まれてくる、()()の子供の瞳にも受け継がれる……。



 ベアトリスは、その瞬間湧き上がり、胸にあふれた切なさを、艶やかな笑顔で覆い隠す。

 王太子は、その微笑みに見惚れるように目を細め、微かに頷いた。


「お約束しましょう。私と貴女は、これより『盟友』です」

「……有難うございます」


 この道の先、祭壇の前で交わされるだろう、厳粛な『婚姻の誓い』でなく、今この時、この言葉を、ベアトリスは深く魂に刻もうと思った。

 この国を去るまで。


 いや、去ってからも……ずっと、それは持って行こうと思った。







・・・‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥・・・






 ルコンテス王国史に刻まれる、黄金時代を代表する王として、15代目の『レアンドロ』を挙げる者は多い。

 だが、その(いしずえ)を作った14代目の王、『テオバルド』の名を上げる者もいる。


 彼の治世は、隣国『デュアリー帝国』との、確執に明け暮れたと云える。

 国境付近での小競り合いは幾度かあったものの、帝国の皇女を妻に娶った事を始め、死の瀬戸際までテオバルド王は両国の平和を願い、融和策を取った。


 王太子時代の妃、時代を代表する美女として名高い『麗しのベアトリス』は、帝国の皇女であったが、優れた帝国の知識を余すことなく伝え、王国の発展に寄与したと伝えられる。

 夫婦仲も睦まじく、長年の帝国との(いさか)いに於いて、王国が比較的有利に進められたのも、彼女から(のこ)された助言があったという証言も多い。


 残念ながら、二人の間に子が生まれる事はなく、ベアトリス妃は若くして事故で亡くなった。

 後を継いだのは、王国の公爵令嬢で側妃だった『銀の淑女アリュシアーデ』だった。

 彼女は、帝国から嫁いで来た妃であったにもかかわらずベアトリス妃を崇拝しており、正妃の地位を再三固辞した。

 だがテオバルド王即位の折、正式に王妃として立后され、その後は唯一の妃として、王の治世を隣で支えた。


 テオバルド王はアリュシアーデ妃との間に、二男一女をもうけた。

 彼の没後、王位を継いだ長男レアンドロの代で、王国は帝国との本格的な戦に入った。

 八年もの長き戦いの果て、レアンドロ王は帝国を打ち破り、ルコンテス王国は大陸一の国力を持つ国になっていった。








・・・‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥・・・








「ふうっ……ここまで来ればもう安心よね!」


 王国南部の国境付近。

 強い日差しの下、旅装の女は額の汗をぬぐった。

 顔に化粧っ気は一切なく、日に焼けた鼻の上にはそばかすが浮かんでいる。

 無造作に縛られた髪も埃に(まみ)れて、よく見れば珍しい紅色だと分かるが、同じ色を持つと言われる王都の貴人を連想する者はいないだろう。


「ありゅしあさま、イマゴロキットなイテルヨ」


 マントを纏っても汗一つかいていない、従者の口調は平坦だが、(あるじ)を責めるような響きがあった。


「……あの子には、テオもレアンもいるから大丈夫よ!」

「殿下もお妃様を、あんなに信頼なさっていたのに……」


 アリュシアーデに託そうと思っていた侍女は、こんな場所まで付いて来られる程、身も心もたくましくなって、涙を拭う仕草までする。


「あの二人は、夫婦で慰め合えばいいの!」

「お妃様も、()()ではありませんか!」

「ありゅしあさまダッテ、キチントソウシロッテ、すすメテイタノニネー」


 銀色の妖精のような元公爵令嬢は、苦難の末、ようやく初恋を成就させたというのに、その愛しい相手とベアトリスに本当の夫婦になってほしいと、ずっと懇願していた。


「それは、私の信条(ポリシー)に反するの!」

「ソンナツマンナイもの、すテレバよカッタノニネー」


 元間者の、不敬極まりない言動を咎めず、侍女も深く頷いていた。


「もう過去の話よ!」


 事故に見せかけ馬車を落としてから三ヶ月。

 検証も終わり、もはや王都で正式に『ベアトリス王太子妃』の葬儀が行われたはずだ。


 正直、テオバルドは好きだった。

 でも、同じくらいアリュシアーデも好きになった。


(だから、二人の幸せを願って何が悪い!)


 それに、後宮で不幸な女を見てきたので、単純に一夫多妻は御免だった。


(自分一人だけを見てくれる人に――いつか会えるかなぁ……)


 ふと脳裏をよぎったのは、義弟だった相手の整った顔。


(セルリアン殿下は、『彼女』と上手くやれてるだろうか?)


『物語』では、外伝が出る程人気だった彼の恋も、中々多難だった筈だ。


(そうだ。ロードサイトへ、行って……いや、止めた方がいいわよね)


 セルリアンはベアトリスに、王太子妃として価値を見出していた。

 見つかったら、何を言われるか分かったもんじゃない。



 

「そろそろ行こっか」

「ハイヨ」

「どちらへ行きましょう?」


 人目を避けながら間道を歩いてきた彼女たちは、ようやく街道に戻ったところだ。

 右に進めば王国の奥地、左に進めば国境がある。


「そうね。冒険者登録したいから、取りあえず町に出ましょう」


 もう肩書きも、長ったらしい名前も、何もない。

 生まれた場所から考えれば、信じられないほど身も心も軽い。


(いつの間にか荷物に入っていた砂金が、少し重いけど)


 その位の重さは、持って歩くべきなんだろう。

 愛しい人たちの笑顔と共に。


 ――『物語』にはなかった、『ベアトリスのその後』を、自分で紡ぐために


 ベアトリスは未来へと、歩き始めた。





…事故に見せかけて、計画的出奔。

…皆止めましたが、最初からそのつもりでした。


…素顔を隠すために常にお化粧を濃くしていたら、『美容に熱心な妃』が転じて『美に詳しい妃』、『いつも麗しい妃』、そこに『佳人薄命』も加わって『麗しのベアトリス』等と後の世に謳われてしまう。本人は忸怩たる思いでしょう。



…『ベアトリス編』はここまで。

…次は『王国編』。今んとこ、王太子がちょっと正体不明。

…今まで出て来たひと、全員出せればなーと思います。


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