番外編:ベアトリス皇女は振り向かない 1
えーと……一部の皆様が想像しているような『悲劇の皇女』はいません。
ここにいるのは、ただの『おもろい女』です。
それでよろしければ、どうぞ!
ベアトリスは、デュアリー帝国の第一皇女として生まれた。
父である皇帝は、最初の妃が亡くなった後、時を置かずして次の妃を迎えた。
それが母。アントワン公爵令嬢。
最初の妃とは別の派閥、帝国内の権力の均衡の為、もともと第二妃として迎えられる予定だったので、それが早まっただけだった。
最初の妃、ブランシュ様は18で婚儀を上げ、19で息子を産み、20で息子の後を追って亡くなった。
「ジェットコースター人生よね」
「じぇ…ととは?」
「いいの、気にしないで」
ベアトリスは侍女である、マリオンに笑って告げた。
マリオンは、女主人が時々知らない言葉を使うのに、慣れ始めていたので、彼女も『分かりました』と微笑んだ。
マリオンはベアトリスの乳母の娘で、殆ど生まれた時から一緒で――死ぬまで一緒だった。
あの物語では。
ベアトリスが『予言の書』とも言うべき、己の物語を思い出したのは、弟を引っ叩いた後だった。
「お前さえいなければ! 私は……!」
自分でも、よくこれだけ不満を抱えていたと思う程、恨み言を並べて……気付いた時には、何人もの人に取り押さえられていた。
「皇女殿下! お止め下さい!」
「誰か! 皇女殿下がご乱心です!」
「ベアトリス様、お気を確かに!」
耳に届いた、この『ご乱心』というのが、『あたし』に大ウケした。
(ご、ご、ご乱心だってー! 時代劇かよ、ウケる~!)
か、ら、の……
――え?『じだいげき』って、『うける』ってなに……? である。
外も大混乱、内も大混乱で、ベアトリスは気を失った。
その後目が覚めて、阿鼻叫喚の周囲と情報をすり合わせ、己の中で対話を繰り返し、
『私』皇女+『あたし』庶民のハーフ
……というより少し庶民が多目になってしまった、『私』が出来上がったのは、事が起きてから15日が過ぎていた。
(まいったわ……よりによって、弟しばいた後で思い出すなんて)
ベアトリスは鏡を見て、深いため息を吐いた。
豊かにうねる深紅の髪と、深い海を思い出す瞳。
将来が楽しみな美少女、というより既に掛け値なしの美女だが、目つきがキツイ……
前世、高校時代に夢中で読んだ小説『ルコンテス王国物語』で、今の自分――皇女ベアトリスは、いわば悪役皇女だった。
物語の舞台になるのは『ルコンテス王国』。
そのお隣、『デュアリー帝国』の皇女ベアトリスは、王国の王太子に嫁入りしたが子が生まれず、王太子の側妃を苛む。
帝国の威光をかさに着た元皇女に、王国の誰しもが手を焼いていたが、妊娠が発覚した側妃に毒を盛り、ついに断罪される。
帝国の手前、罪に照らして処刑する訳にもいかず、修道院に送られるという処置だったが、その後の生死は不明となっていた。
(どう考えても、殺されたのよねぇ……下手に後ろ盾があるから、生かしておいたら、また何するか分からないもの)
そのベアトリスが、王国へ嫁ぐ理由になったのが、皇太子となった弟への暴行だった。
(あの『ご乱心』事件よね……)
長い間、皇帝の唯一の子供だったベアトリスは、女性ながらも帝国を継ぐ予定だったのだが、10数年ぶりに弟が生まれ運命が変わってしまった。
(えぐいわよね~ あの親父、20も年下の嫁もらってさー。2、3年子供が出来なかったら、もう生まれないってみんな思うじゃない)
ベアトリスは、皇帝の座を弟に、それに婚約者をも、弟の母である第二妃の侍女見習いに奪われた。
怒るのも分かる、分かるけど……!
(うーベアトリスー、なんであんな男が良かったのよ~ 確かにイケメンで背が高かったけど、はっきり言ってロリコンじゃない!)
王配に決まった途端、まだ10だったベアトリスにボディタッチしてくるような男で、おまけに14の少女に浮気した男だった。
父親は己の血筋の子を作ることにしか興味がなく、怪しげな錬金術師から薬をもらってるような男だし、周囲のおっさん達も、それを推奨しているか、ベアトリスの命を狙っているか、どちらかだった。
(その中にあって、王配に選ばれた従兄はキラキラして見えたのよね……口も上手かったし)
『私の可憐な従姉妹姫、貴女を救いたいのです』
(ノリでおべんちゃら云える奴だったと、今なら分かるんだけどね……)
引っ叩いた弟も、周囲の誰も彼もが甘やかすから、まだ3つなのに全くかわいげがなかったし。
(本っ当ーに、ベアトリスの周りには碌な男がいないわ)
前世の『アタシ』も男運なかったからなー……そんな特性、引き摺らなくても、と落ち込む『ベアトリス・改』だった。
さて、このままでは破滅に向かってまっしぐらである。
「リカ、いる?」
私が声を掛けると、何もなかった場所にすっと気配が現れる。
「ごぜんニ、おうじょ」
「あっちはどんな感じ?」
「おうじょヲ、おうこく二ヤルはなしバッカリヨ」
「やっぱり、そう」
「姫様……」
心配そうなマリオンに、笑って見せたが、はっきり言って自分もどん底だ。
リカは、ベアトリス専属の『影』だった。
といっても、皇帝からつけてもらった訳でなく、ベアトリスが皇女の務めとして寺院にお参りに行く際、行き倒れの所を助けたら、恩に着てくれたというキャラだ。
リカは帝国の東方にある国の、体術に優れた少数民族の出で、外に出る者は間者になるんだそうだ。
(どこの忍者の里だよ……と思ったのは、言うまでもない)
間者なだけに『失敗=死』とのことで、失敗したリカはそのまま打ち捨てられて死ぬところだった。
恩を返すまでは離れないと誓った彼女も、物語ではベアトリスと生死を共にしていた。
マリオンとリカ、この二人の為にもベアトリスが、安易に破滅してしまう訳には行かない。
(もう少し幼い時に、思い出せてたらなぁ……いや、こんな国の女王様になったって苦労するだけだわ。頼みの王配はロリコンだから、結局幼い子に浮気するだろうし、そんなん控えめに見ても地獄だわ……)
ベアトリスがすんなり弟を祝福しても、この長く男尊女卑の行き届いた宮廷で、どんな未来が待っているというのだろう?
帝位を脅かす者とし暗殺(これは今もある)。
殺されなくても、皇帝の血を引く誰かに嫁がされて、子供が生まれるまで、おそらく生んでも次の子をと、丁重に閉じ込められるのが関の山だろう。
実際、ベアトリスの母は王宮で心を壊して、もう十年近く実家で軟禁状態である。
(皇帝の血筋にこだわってる限り、この国に未来はないのよね)
最初の妃だって、母上だって、第二妃だって、皆皇帝一族の血が入っている。
従兄弟同士とか、遠縁だって言っても、もう兄弟くらい近い。
皇帝に子が出来ない。もしくは、すぐ死んでしまうのも、これが原因だと、今のベアトリスにはよく分かる。
だったら、王国に行くのは、いい選択かもしれない。
物語だって、王国が栄える未来を示していた。
(ただ、あそこの王太子には、既に婚約者がいるんだよなーー)
王国物語の一節が、彼女の脳裏に蘇る。
『幼い頃から愛を育くんできた二人の絆は、帝国のベアトリス皇女によって、無情にも引き裂かれ……』
(うあーいやだーーー! いたいけな女の子の夢を壊すなんていーやーだぁーーー)
しかも、その末路が処刑だ。
勿論、王太子が側妃を取っても、『いじめ』なんてするつもりはない!
しかし最初から恨まれてるだろうし、罠にはめられるかもしれない。
(物語の強制力……なんてのも聞くしなぁ)
それでも帝国にいるよりは、マシだ――ベアトリスが、そう結論づけるのに、時間はかからなかった。
…ベアトリスは、クリスタより(前世年齢が)年長さんです。




