1.婚約者と義姉が手をつないでやってきた
久しぶりの小説です。
(少々ぶっとぶ事があり、気が付いたら1年たってました)
楽しんでいただければ幸いです。
「いとしのエリザ。君こそ僕の最愛のバラだ!」
「ローリエ様、私の貴公子はあなた様だけです!」
私、クリスタ・オトネル子爵令嬢(17)は、目の前で繰り広げられる、婚約者ローリエ・リュクス伯爵令息(18)と義姉エリザ(18)の三文芝居にうんざりしていた。
学年末の忙しいこの時期に、婚約者から呼び出され、うんざりしながら学園の中庭に行ったら、学園の生徒でもない義姉もいて、二人でいちゃこらしていたのである。
「すまない、クリスタ。こういうことだから……」
こういうことって、どういうことかしらね?
説明がないのは、勝手に判断していいってことよね。
「ごめんなさいね、クリスタ。あなたの婚約者だったのに……」
ちっとも悪そうでないエリザお義姉様――義母の連れ子は、真っ赤な唇をつり上げ、いけしゃあしゃあとほざいた。
エリザは、目も髪も地味な茶系の私と違い、赤みがかった金髪と緑の瞳の目立つ美女だ。
父の持ってくる縁談には、『どなたも素敵すぎて、一人になんて選べないわ~』と、相手をもて遊びながら、義妹の婚約者にも色目を使っているのは前々から知っていた。
婚約者も婚約者で、義姉のみならず、他の女にもいい顔をしているのは知っていたが――わざわざ、こんなところまで浮気相手を連れてきて、堂々と不倫関係をバラすなんて、予想以上にイカれてる。
(どんな効果を狙ったのか知らないけど、付き合ってられないわ……)
「……分かりました。私とローリエ様の婚約は棄却、新たに義姉様と結び直すということですね。私には異存がありませんので、リュクス伯爵家やお父様へのご説明はお二人でどうぞ」
私が、制服のスカートを摘まんで心持ち頭を下げると、エリザの耳障りな甲高い声がその場に響いた。
「困るわ! 私の口からそんな恥ずかしい事は言えないわ。クリスタから、上手く言ってよぉ」
『そんな恥ずかしい事』をした自覚があったのは驚きですね、お義姉様。
「そうだよ! エリザは君と違って、学園に通わず屋敷に引き籠っているほど奥ゆかしいんだ。君からすべてを整えてあげるのが、妹としての愛情じゃないか?」
10歳で母が亡くなり、その後ひと月足らずで、父が『義母とその娘』を連れて来た。
以来、家族に愛情なんて抱いた覚えは、1秒たりともない。
(しかも、なーにが引き籠りよ!)
あなた方は年中、お二人で街に出かけていたではありませんか?
そもそも奥ゆかしい女性は、義妹の婚約者を略奪したりしませんよ。
ちなみに義姉が貴族学園に通えなかったのは、ろくに身に着かない礼儀作法以上に、勉強ができなかったからだった。
そもそも学ぶ気もなかったのだろう彼女は、家庭教師の前で、出来ない言い訳をするか泣き喚くだけだった。
貴族学園に入学試験はなかったが、そのまま通わせたら家門の恥になりかねないので、義母に甘い父も踏みとどまったのだ。
「私では、お二人の間に、どんなお約束があるのか分かりませんので、ご説明は出来かねます」
当たり前のことを言っているのに、目の前の二人は非難がましい顔になる。
「なんて冷たい子なの、クリスタ!」
「君って昔からそうだよね、自分だけが大事なんだ。だから僕は優しく暖かいエリザに惹かれたんだ…」
「ローリエ様…」
「エリザ…」
一生やってろ、とその場を後にしようとした私の腕を、後ろから元婚約者が掴んだ。
「待てよ!」
この男は一応『騎士科』にいるので、令嬢の力では振り払えない。
「離してください、リュクス伯爵子息」
にらみながら他人行儀に告げると、相手は少しひるんだが手は外れない。
「そ、そんなツンケンしないで、頼むよクリスタ。オトネル子爵もだけど、ウチの親もよろしく頼むよ。君は気に入られていたじゃないか」
そりゃそうでしょう。
ウチは子爵家だけどそこそこ裕福で、跡取りの私がすでに領地経営を手伝っていることを、伯爵夫妻は知ってますから。
まともな親なら、脳筋のクセに変に色男ぶって散財する次男なんて、もらってくれるだけで神だ。
『クリスタ嬢、すまない。ローリエはいずれ家を出ていく次男ということで、妻がふびんがって少し甘やかしてしまった。元は素直な子なんだ。性根を叩き直すから見捨てないでやってほしい』
(間に合いませんでしたね、伯爵)
私は胸の中で手を合わせた。
伯爵はいい人なんで多少良心が咎めるが……
「お断りします」
何を言われても答えは同じだ。
こんな男のためになんか、いまさら指一本動かしたくない。
「そんなことを言うと困るのは君だよ、クリスタ」
「はいぃ?」
何言ってんだコイツ――思わず低い声が出た。
だが、昔から、私の様子など意に介したことのない、エリザがはきはきと続ける。
「そうよ、今まで家の跡継ぎは、ローリエ様と結婚する貴女だったけど、ローリエ様と結婚するのが私なら、跡継ぎは私になるのよ!」
「君を家に置いてあげるんだから、これ位融通を効かせろよ」
あまりにも荒唐無稽な話を聞かされ、私は懐かしの宇宙猫の表情になった。
……はーい。私は転生者です。
母の死&父の裏切りにショックを受け、心が壊れないように、緩衝材として転生前の記憶が少し甦りました。
(『クリスタ』は、滅多に会わない父親を、忙しいだけ……だと信じてたのよね)
余所に愛人作って、自分より一つ上の娘がいるなんて、夢にも思ってなかった。
でも、実母の死からひと月後。まだ涙も乾かない内に……
「お前の母と姉だ」と引き合わされた二人に、訳が分からず
「私にはお姉様はいませんが……?」とつぶやいたら
いきなり義姉が「ひどい!」と泣きだして
「なんて子なの!」と義母に叩かれて
それを父親が見ないフリをして――
……クリスタの足元は、ガラガラと崩れてしまった。
(前世は前世で親に恵まれなかったし、その辺は達観してたから…)
急激に呼び戻された記憶は、環境の変化に応じて染み込んでいき、やがて『クリスタ』は家族に期待する事がなくなった。
(転生チートはなかったけど、苦労した記憶と共に『義務教育』が脳に残っていて助かったわ)
おかげで学園入学以降も、領地経営の手伝いで勉強時間が取れ無かったが、『優等生』で過ごせてる。
領地経営の手伝いは、12の頃からだっけ?
つまり、ローリエでなく、私が子爵家の後継者なんだけど…
(…でも、ありえそう)
父と義母がかわいい娘とローリエを結婚させて当主にして、なぜか私が飼い殺しにされ、領地経営をさせられる、嫌な未来が。
(転生前にも、そんな物語をネットで読んで、『ひでぇ』と思ったっけ)
元々、かわいがっているエリザを、長女なのに跡継ぎに考えなかったのは、彼女がバ…浅慮すぎるからで、脳筋のローリエと組ませたら子爵家は確実に終る。
お父様は、妻と娘を裏切ったクズだが、財産と地位には固執するタイプだ。
この二人に領地を任せられる訳がない…とすると、私を手放さないだろう。
(将来計画は、大幅に変更ね…)
私は脳内で、深いため息を吐いた。