変装から変身、そしてエピローグ
誤字報告、ありがとうございます。
王国はあっという間に帝国に吸収され、新しく生まれ変わった。
帝国の支配力と統率力は強かった。
平民たちに被害が殆どなかったのは、帝国の準備の周到さであろう。
ユースティは実家からすぐに戻り、旧王都に留まり続けた。
記録を残したいと文を連ねても、ルクス社再開の知らせはない。
さて生活はどうしようか。
そんな時に、自治領が文官を募集していると分かり、ダメ元で試験を受けた。
筆記試験をはじめ、何回かの口述試験を通過し、最終面談へとユースティは進む。
出来すぎだとユースティは思う。
最終まで進めただけでも僥倖だろう。
面談は嘗ての王宮であり、現自治領館の一室で行われる。
ユースティは案内されながら、無駄な装飾が外された館内を見渡していた。
ドアが開き入室する。
挨拶をして頭を上げると、自治領初代領主が、片手を挙げて笑っている。
領主はさらりとした黒髪の端正な顔立ち……。
「ダ、ダニエルさん? あ、いや……」
「ようこそ自治領館へ。わたしが初代自治領主のダニエル・オルプレンタです」
平身低頭するユースティに、女性の声が響く。
「顔を上げてくださいな、ユースティ。領主の本名はエクセピトルですわ」
「えっ」
思わず不躾にもユースティは声を出す。
エクセピトル・オルプレンタとは、亡き大公の名ではないか。
そして声の主は、やはりラビエータであった。
以前、大公家の別邸で会った時よりも、化粧気も派手な衣装もない。
薄紫の大人しいドレスと、小粒の真珠のイヤリングという装いの彼女だった。
「うふふ。少し驚いたかしらね」
少しどころの話ではない。
亡くなったはずの大公には、嫡男などいなかったはずだ。
仮に存命であったとしても、公表されていた年齢を鑑みると、既に老齢ではないか。
「疑問がありますでしょうから、お話しますね」
面談では、なかったのか。
ユースティの表情を読んだのか、ダニエルが口を開く。
「ああ、あなたの採用は、もう決定してますので。今日は新規採用予定の方と領主の雑談会です」
用意された紅茶を一口飲み込み、ユースティは姿勢をただす。
「では改めて、よろしくお願いいたします」
「そう硬くならないでね。まず、大公閣下のことからかしら」
「そうだな、その辺はわたしから話そう」
ラビエータとダニエルは互いに見つめ合いながら、話を進めていく。
ユースティは口を挟まず、メモの準備をした。
「大公家当主は、歴代エクセピトルの名を継いでいます。そして、いつ代替わりしたのかは、国王しか知らないのです」
「それは、大公家が負っていた、責務と関係するのですか?」
「その通りです。もうユースティさんはご存知と思いますが、大公家の役目は他国の情報収集と国内での暗部案件。誰が当主なのか、基本素顔も明かされていません」
時折、ユースティは質問して話を促す。
記者時代の癖だ。
「わたしは十代で、当主を継ぎました。でも父は存命中ということにして、わたしは普段は大公家の使用人を装っていたのです」
だから侍従姿もサマになっていたのかと、ユースティは思う。
「そして王家に反旗を翻すような勢力を削ぎ、帝国の軍事情報などを仕入れていました。しかし……」
ダニエルは息を吐く。
「気付いてしまったのですよ。王家の無能さ、貴族階級に蔓延する腐敗、戦う能力のない軍部。民は疲弊し犯罪は増加。もう、この国は、終焉に向かっているのではないかと」
「それで、帝国と手を組んだ?」
「ええ、簡単に言えばそういうことです。そのために時間をかけて準備しました。ルクス社を作ったのもそのためです」
ユースティは頷く。
「大公家の後継問題も抱えていました」
「ラビエータ様とのご結婚は、そのためでしたか?」
ダニエルの顔が少し赤くなる。
「まあ、それもありましたが……。一度だけですが、ラビエータの母上とお会いしたことがありました。よんどころない事情で、大公家当主として夜会に出た時です。父はまだ生きていると思わせるため、変装して、要は年寄りの格好で出向きました。
その時に、一人で佇む、プリーシャ様になぜか声をかけてしまいました。泣いているように見えたので」
ダニエルは遠くを見つめた。
「プリーシャ様はわたしを見て首を傾げました。そして目元を拭うと、付けていた指輪に一滴、涙を落としたのです。
すると、私の変装が勝手に解けてしまった。プリーシャ様は大きく頷くとわたしに告げました。ごめんなさい。理由があっての変装ですね、と」
ラビエータがくすっと笑う。
「もう一度、プリーシャ様は同じことをされました。驚くことに、わたしの外見はまた、老人の姿に戻ったのです」
そんな、魔術のようなことがあるのかとユースティは思う。
大昔は、魔術や魔法を使うことが出来る人たちも、帝国あたりにはいたというが。
「そこからは、私がお話しましょう。と、その前に」
ラビエータはイヤリングを外すと、目を閉じる。
瞼の縁に涙が浮かぶと、それをイヤリングに垂らした。
すると次の瞬間、ラビエータの身体が淡く発光する。
光が消えるとそこには、学園時代の制服に包まれた、若き日の彼女がいた。
「あ、ええっ!」
「懐かしいかな? 母から受け継いだ能力です。私の涙を真珠に流すと、想像した姿に変身出来るの。他の人も変身させられます」
思わずユースティは見惚れてしまう。
ダニエルは少し不機嫌な顔をした。
「母はダニエル様の変装を解いたのですが、焦ったのか、母は間違って彼を変身させてしまったのです。かけられた変身は、かけた者にしか解けません」
二人はまた見つめ合う。
「そうそう。だからしばらくの間、わたしは本当に老人の姿で過ごしていました。そうこうしている間に、プリーシャ様は儚くなられ、変身姿のまま一生過ごすのかと諦めていたのですが」
ダニエルは頭を掻く。
「それで、ラビエータ様に求婚されたのですね」
「ええ、そんなところです」
再び元の姿に戻ったラビエータは、ダニエルに寄り添う。
「私は知らずに嫁ぎましたの。でもね、初めてお会いした時に、『これからは、君が与えられなかった愛情をわたしが捧げよう』って言って下さって、私思わず泣いてしまったのです。そしたら母の形見の真珠のネックレスが、ぱあっと光って、光が消えた時に、今のお姿のダニエル様になっていたのです」
初代領主の顔は熟れた果実のようになる。
なんだか単なる惚気を聞かされたユースティも、メモを取るのを止めた。
「真珠が必ず必要なのですか?」
ユースティの問いにラビエータは頭を振る。
「多分、別の石、天然のものならば大丈夫だと思います」
ユースティは最後の質問をする。
「採用していただけるとのこと、深く感謝申し上げます。それで何をしていけば?」
ノックの音がする。
「具体的なことは、この人に訊いて下さい」
失礼しますと入室したのは、ルクス社の元社長だった。
エピローグ
ユースティとの面談も終わり、彼が帰った後、見送ったダニエルは口を尖らせて妻に言う。
「彼は、ひょっとして君の初恋の人だったの?」
「え、違うわ、全然違う。苦痛だった学園時代、図書館で勉強していた同士って感じ」
「ふうん。なら、良いけど」
「あら、嫉妬かしら?」
「べ、別に」
ラビエータはダニエルの背中に抱きつく。
「新しい国を、領地を作っていく時に、有能な人材は一人でも多く欲しいわ」
「……そうだな」
ダニエルは彼女に向き合い、抱き寄せる。
「約束しよう。君が、悲しみで二度と涙を流さないように、全身で努力する」
その言葉で、ラビエータはまた泣きそうになったが、夫には秘密にする。
悪女に変身する必要は、もうないかもしれない。
だがその噂はもうしばらく、利用してもいいだろう。
噂が聞こえてきたら、嗤ってやるから。
「変身企画」を運営して下さいました、黒森冬炎様、ありがとうございました!!
およそ17世紀あたりの西側諸国のイメージですが、異世界ですm(__)m
そしてお読み下さいました皆様、心より御礼申し上げます。
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