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後悔先にたたず・その1

 王国が帝国の自治領となった三日後の夜。


 ヴィンダ伯爵は現妻ルリナと共に、ラビエータの母が眠る墓所へと向かった。

 額に汗が浮かぶ。

 時間がないのだ。


 先月ラビエータから渡された王国の債券は、全て紙屑と化した。

 債券の返金を当てにして、ツケで買った高額商品の支払い期日が迫っている。

 手持ちの現金も、帝国のレート換算になると、二十分の一程度になる。

 とても払いきれるものではない。



 こんなことなら、あの時、帝国紙幣を選んでおくべきだった。

 後の祭りとしか言いようがないことだが。


 しかし何故だと、ヴィンダ伯爵は思う。

 ラビエータはどうして、帝国紙幣などを持っていたのだろう。

 まるで、一か月後にはこうなることを、予測していたかのようだ。


 悪女(ラビエータ)の父、アルゴ・ヴィンダは、元々享楽的な人間であった。

 ラビエータの母、プリーシャと結婚したのも、裕福であった彼女の家からの持参金目当てだ。


 アルゴは領地経営には関心なく、ヴィンダ家を継いだ後も散財癖は治まらなかった。

 欲しい物はなんでも手に入れる。

 後のことは誰かが何とかするだろう。


 それがアルゴ・ヴィンダの生き方だった。


 長子のラビエータが生まれた後、妻プリーシャの実家は彼女の兄が跡を継ぐ。

 すると金銭的な援助が無くなった。

 金蔓にならない妻など不要だ。


 結婚前からアルゴは別宅に愛人を囲っていたが、その金の捻出も厳しいものとなる。


 ならば。

 真実の愛で結ばれた者を、正式な妻にすれば良いではないか。



 愛人であった女は、妻とは違い、アルゴと同じ気質の持ち主である。

 アルゴと愛人は共謀し、妻を亡き者とした。

 妻の持っていた宝石類は、換金したり、愛人に渡したりした。


 換金した宝石一つひとつは、伯爵家の税収一年分以上の値をつけた。


 ならば。

 この際、プリーシャの墓を暴いてでも、納棺された宝石を取り出さなければならない。

 そうすれば、なんとか……。



 真っ暗な墓地をアルゴは進む。

 墓参など、今まで一度もしたことがなかった。

 ようやくプリーシャの墓標に辿り着くと、現妻に持たせたランプを頼りに、墓を暴いた。


 カツンと、スコップが硬い音を立てる。

 唾を呑み込み、棺の蓋を開ける。


「ひっ!」


 現妻が声を出す。

 アルゴも思わず後ろへ下がる。


 プリーシャの遺体は、全身が骨になっているだろうと思っていた。

 だが、葬られていたそれは、生前と同じような肌と髪を有していたのだ。


 息を殺しながら、アルゴは遺体にランプを翳す。

 手の先に、何かがキラリと光る。


「こ、これだ」


 アルゴが遺体の指先に手を伸ばした時だった。

 彼の手を掴んだ遺体が、棺からぐぐっと起き上がる。


「なっ!」

「ぎゃあああ!!」


 プリーシャの棺の前で、ヴィンダ伯爵夫妻は尻を着く。

 二人には、死体が生き返ったように見えた。


「ふふふ……」


 プリーシャの遺体が笑う。

 生前の彼女と同じ声で。

 夜目にも輝く、白いドレスを纏って。


「ごめんなさいごめんなさい許して!」


 いきなり伯爵夫人が低頭する。


「私じゃない私じゃない! 悪いのはこの男よ」

「な、何を! 毒が良いと言ったのはお前だろう!」


 遺体はすっと手を上げる。

 瞬時に五人の兵士が、伯爵夫妻を取り囲む。


「まさか本当に、お母様のお墓を暴きに来るとは」


 プリーシャよりも若い女の声に、アルゴは顔を上げる。


「お前、ラビエータか!」


「あら、お母様と思いました? そうね、似ているからって、お二人は私に酷いことばかりされてましたものね」


「ひ、酷いことって、あれは躾でしょ……」


 震える声の夫人に、ラビエータは冷ややかな目を向ける。


「自分たちで殺した女とそっくりに育つ私が、忌々しかったのね」


 死人よりも娘なら怖くないと思ったか、アルゴはふてぶてしい態度に戻る。


「言っている意味が分からんな。墓場の戯言など、何の証拠にもなるまい」


「捕縛せよ」


 兵士を押しのけて立ち去ろうとする伯爵夫妻の捕縛を、ラビエータは命じた。


「は、離せ! 俺を誰だと……」


「貴族の殺人は、極刑ですわ、帝国でも。

 ねえ、ヴィンダ伯爵。ここにはもう、お母様の亡骸はないのよ。だから私が棺に横たわっていたの。

 何故だと思う?

 お母様の御骨を調べてもらったからよ」


「骨を、調べるだと?」


「ええ、王国では無理だったけれど帝国の医学なら、骨に残された毒物を特定できるから。勿論、骨に痕跡を残すような毒だけね。

 幸か不幸か、お母様に使われた毒は、骨に残るものだったの。

 その毒をいつ誰が購入したかという記録も、手に入ったわ」


「う、嘘。だってもう、あれは十年以上も前……あっ」


 ラビエータは微笑む。


「伯爵夫人。貴方が懇意にしていた商会、そこの跡取さんにお願いして、過去二十年分の記録をいただいたのよ。日付も夫人の名前ルリナも、しっかり残っているわ。購入目的は害虫駆除となっていたけど、ヴィンダの領地でも、夫人の実家周辺でも、害虫駆除が行われた記録は一切ないわね」


 引っ立てられたアルゴは、呆然としながらも、そう言えばラビエータは、いっとき大商会の跡取と噂になっていたことを思い出していた。


「ああ、ヴィンダ伯爵。貴族への殺傷行為に時効はないですわ。()()()()()では」


 アルゴの膝の力が抜ける。

 数日前、確かに法律も帝国に準じると勅令が下った。


 この娘は、まさかそれを待っていたのか!


 ラビエータは、何かをぽんとアルゴに投げる。

 それはランプの光を反射した指輪だった。


「冥土の土産ですわ。子どものおもちゃ、ですけどね」


 碧色のガラス玉がついた、小さな指輪。

 ヴィンダ伯爵家で、まだ親子三人が恙なく暮らしていた頃、領地の祭りで何気なく、アルゴがラビエータに買ったものだった。


 その後、二人は公開裁判にかけられた。

 判決は、ヴィンダ伯爵夫妻二人共、死刑である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 碧色のガラス玉がついた、小さな指輪。 母親との想い出の大切な品でもあり、母親を殺した憎い父親がまだ家族であったときに買った品。 三人で恙なく過ごして記憶もあって、複雑な気持ちで持っていたの…
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