震撼
ラビエータとの面会以降、ユースティの周りは慌ただしくなった。
彼女の醜聞記事を、取り敢えずお茶を濁した程度に書いたが、社長は特に何も言わず印刷に回した。
ルクス社の周囲も何やら騒がしい。
店舗の名前が変わったり、昔ながらの商店が閉店したりする。
ユースティがしばしば通っていた酒場も、洒落たバーに変わった。
道行く人々の顔が、以前とは違うようにユースティは感じる。
交わされる言語が、王国語以外の発音に聞こえるのだ。
王国に、とりたてて観光地はない。他国の人を呼べるような、大きな行事の予定もない。
現在、国王が病床に伏しているそうだ。
王子は二人いるがまだどちらも幼く、宰相が執務を代行していると聞く。
なんだろう。なにかに追われているような、嫌な感覚をユースティは覚える。
自分の住む国が、徐々に違う色に塗られているような……。
まもなく、ラビエータが言った、一か月がたつ。
出社したユースティは、久しぶりに朝からデスクに座る社長と会った。
社長は机上にたくさんの書類を並べていたが、ユースティを認めると片手を挙げた。
「丁度良かったよ。君に伝えようと思っていたことがあってな」
「はあ、なんでしょうか」
「実は、今日でこの会社を閉じることになった」
「えっ!」
ユースティはそれ以上言葉が出なかった。
仕事は?
新聞の発行はどうなる?
「俺も雇われ社長だったもんで、おさらばだ。だからお前さんも一応、退職となる」
「あっ、えええ……。はい」
いきなりの話にユースティは曖昧に頷くしかない。
胸のざわつきはこれだったのか。
無職になる、のか。
生活はどうする?
実家に帰るか。といっても、長兄が跡を継いだ家に、余力があるのか……。
社長は辞典程の厚みの封筒を、ポンと置く。
「退職金だ。しばらくしたら、もう一回営業開始する予定だよ。そん時はまた、頼むわ、仕事」
ユースティは特に封筒の中身を確かめることなく、退職金を受け取った。
「それだけありゃあ、何か月か食えるだろう。ああ、それ帝国の紙幣だから気をつけてな」
社長に追い立てられるように、ユースティは退勤した。
結局、ラビエータの独占記事は、書く機会がなくなった。
彼女が一か月後と言ったのは、ルクス社が店じまいをすることでも、知っていたのだろうか。
ともかく、明日からは無職になる。
仕方ないから一度、実家のアルタス子爵家に連絡を取ってみようかと、ユースティは思考を巡らしていた。
ふと。
さらりと黒髪が光って通り過ぎた。
なんとなく、見覚えのある様な男だ。
確か……。
あの黒髪の男は、ラビエータの侍従ではないだろうか。
その侍従らしき男が歩いて行く方向は、大公の別邸とは違うようだ。
王宮方面か。
人違いかもしれないし、今のユースティには関係のない男だ。
実家に手紙を送るために、近くの集配所へ足を進める。
ところが集配所は閉鎖されていて、門番の如く、入口に二名の騎士が立っていた。
ユースティの胸はまた、ざわついた。
***
歴史は音もなく動く。動く瞬間を目の当たりにすることは難しい。
多くの人々は、動いた軌跡を知り、後に騒ぐ。
前夜は静かであった。
新月に紛れて、何かが蠢いていたとしても。
それはまるで獲物に忍び寄る獣が、息をひそめるかのような動きだった。
朝日が昇った瞬間、王都全戸に号外新聞が配られた。
ルクス社による最後の発行新聞である。
『国王陛下退位』
『王国は幕を閉じ、帝国の自治領に』
『法律、貨幣制度は帝国に準ずる』
新聞を手にした群衆が、王宮を目指し走る。
多数の騎士と軍人が王宮周辺に配備されて、人々の王宮内への侵入を拒む。
王宮近くまでたどり着いた人々が見たのは、旧来の国旗に代わり、はためく、帝国国旗であった。
現状を察知した者が、慌てて駆け出す。
目指す場所は銀行だ。
駆けていく者たちの中に、ラビエータの父、ヴィンダ伯爵もいた。顔色が相当悪い。
彼は叫んでいた。
このままでは百万、いや、三割増しの百数十万が、単なる紙屑になってしまう!
いくらなんでも王国民に全く通知なしに、そんなことはしないと思いたい。
王国の債券を、約束通り返金してくれ!
次話、ざまあ回。
感想返信遅れています。申し訳ないです。
有難く、拝読しています。
あともう少しで完結します。
お読み下さいまして、ありがとうございます!!