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取材 その2

取材メモの続き 




 そうね、王宮の醜聞は、ユースティ様がルクス社に入って間もなくのこと。

 何故そんなことを知っているかって?

 それはだって、ルクス社は閣下が作ったものだから。


 そうそう。ユースティ様の文官試験の成績、ご存知だったかしら。

 そう、やはりご存知ない。

 今更だけど、あなたの試験成績は、上位三位以内だったそうです。


 でも爵位の関係で、試験官があちこちに忖度した結果、残念ながら不合格となりました。


 それならばと、閣下ご自身がユースティ様を選び、ルクス社へ導いたのです。

 何故か?

 閣下は新聞は武器になると、考えていらっしゃったから。



 ここ王都は、平民の識字率が八割を越えています。

 書籍や新聞を読める者が多いのです。


 特にルクス社は手書きの壁新聞とは違って、最初から活版を組んで印刷しているでしょう。

 不思議と手書きの紙よりも、信頼性が高まりますの。


 全て、閣下の受け売りですけどね。


 つまりね、新聞に書かれていることなら、信じる人が多いのですよ。

 真実かどうかが問題ではなく。

 もっとはっきり言えば、新聞記事により、民衆を特定の方向へと誘導することが可能なんです。


 騎士団副団長の醜聞により、王宮文官の不正は隠されてしまった。

 いえ。


 悪女という強烈な存在を印象付けることによって、不正問題は些末な扱いを受けたのです。

 あとの噂も全部、同様ですわ。


 王家が売り上げ税を上げようとした時に、商会ギルドから反発をくらいましたね。

 同じ時期に、ある大商会の跡取さんと私は、噂になりましたっけ。

 隣国の要請で兵士を送り出すことに反対した教会の神父様は、どうなったかしら。

 私はお祈りに行っていただけなのに。

 人身売買に関わった高位貴族に処罰を与えようとした大臣は、とても優秀な御方でした。

 刃傷沙汰? 斬られたのは大臣の方でしたね。


 如何でしょう、私の醜聞。

 国政に関する諸問題を隠すため、人々の興味関心を惹くために、作られたものみたいでしょう?

 何の為か。

 申し上げた通り、それが国のためになるのなら、私自身の評判など取るに足らないこと。

 勿論、閣下もご存知だったこと。

 正確に言えば、閣下のご指示通り、私は演じ手として振る舞っただけです。


 今回噂になっている、ゲイル侯爵と私との真相は、どうぞユースティ様ご自身でお調べになって下さいませ。

 それも国家のため?

 さあ、どうかしら。


 最後に私個人の尊厳について、少しだけお話いたします。


 私の実の母は、殺害されました。

 毒殺です。表向きは病死ですが。

 ええ、おそらく犯人は父です。

 でも母が亡くなった当時、私には何の力もなかった。


 父と継母、義妹には、自尊心を削られ親子の愛情を否定され続けました。

 極めつけは、家同士の契約であったはずの結婚相手を義妹に奪われ、長子でありながら伯爵家を追い出されたのです。

 卒業式では既に涙も出ませんでしたが、父や元の婚約者に抗う術もなかったのです。


 それは自分の尊厳を失ってしまっていたから。

 私は自分を認めることが出来なかった。

 認めてくれる人が、誰もいなかったからです。


 幸運にも大公家に嫁ぐことができ、大公閣下の深い愛情によって私は自分を取り戻しました。


 元の家族への復讐は、私の幸せになった姿を見せつければ良いかとも思いましたが……。


 それで母が浮かばれるのでしょうか。

 失い奪われた過去を、良き想い出に変えることが出来るのでしょうか。


 あら、失礼。

 ユースティ様が、そんな辛そうなお顔になってしまうなんて。

 その答えも、もうすぐ出ますわ。


 ユースティ様が答えに辿りついたら、今日のお話を全部、包み隠さず発表して構いません。

 記事というより、本になるかしら。ええ、一か月後なら。


 では、お時間が来たようです。

 ごきげんよう。



 **


 ユースティは侍従に見送られて、大公家別邸を辞した。

 感謝を述べるユースティに、ぽつり侍従は言う。


「貴方様は、奥様の学園時代、彼女の心に寄り添って下さいました。本日の面会は、その御礼です」


 いつしか陽は傾いていた。

 端正な顔をした侍従の瞳も、紅の色をしていた。

 どこかで見たような、そんな眼差しに見送られ、ユースティはルクス社に戻る。


 記事をまとめようにも、心が追いつかない。

 社長も他の社員も不在だ。


 ユースティは近くの酒場に向かう。

 あまり酒は飲まないユースティだが、いつもの喧噪に包まれ、少しほっとした。

 客層は様々だが、高位貴族が来る店ではない。

 猥雑な会話が飛び交っている。


「だからさあ、あの悪女未亡人から手を出したんだよ、きっと」

「いいなあ。俺も手を出されてみてえ」


 ユースティは思わずグラスをテーブルに置く。


 近くの席では、中年の男らが三人、安い蒸留酒を呷っていた。


「大公様は毒殺されたんだろ? 悪女の嫁に」

「いや元々病弱だったらしいから、若い後妻とヤリ過ぎたんじゃねえか?」


「それで悪女は侯爵様と再婚でもするのか?」

「あの侯爵、軍務大臣だろ? 色ボケされちゃあ、帝国には勝てねえよ」


「真相は、ルクス新聞待つしかないか」


 ユースティは口元を歪める。

 本当にこの辺の連中は、悪女、ラビエータ未亡人の噂が好きなのだと。

 それにルクス社が出す新聞も、ユースティが思っている以上に読まれているらしい。


 さて、今回の噂は、何を意図して流しているのだろうか。

 噂の相手、ゲイル侯爵は確かに軍務を取り仕切る大臣だ。


 軍事関係で、隠したいことでもあるというのだろうか。

 ユースティが答えを知るのは、これより一か月後である。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に愛情を持ってる女を道具に使う、それもセックススキャンダルを被せるというえげつないやり口でってのはありえない。 もっと釣り合いの取れた相手、例えば30代の豊満な未亡人なんかを愛妾にしても…
[良い点] ラビエータさん、強い愛情と信念を持った素敵な女性ですね。 敢えて悪評を被ってでも大公様の為に尽力していたのですから。 [気になる点] ただ、陥れた人物に関して国の為に、と行動していたように…
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