取材 その1
ユースティは夜会で再会したラビエータと、その場で面会の約束を取り付けた。
受けてもらえるとは思わなかった。社長は踊り上がって喜んだ。
約束は一週間後の午後。
場所はオルプレンタの別邸である。
オルプレンタ大公亡きあと、ラビエータは王都の外れの別邸で暮らしているそうだ。
別邸とはいえ、高位貴族の邸の数倍はあるだろう。
ユースティの案内は、先日ラビエータをエスコートしていた男性だった。
相変わらず無表情だ。
彼はロベルトという名と、侍従という身分を名乗った。
午後の日差しが柔らかい客間で待っていると、音もなくラビエータが現れた。
夜会とは異なる薄化粧と、襟元が白い紺色のドレスは、学園時代の彼女を想起させた。
「何を取材したいのかしら」
紅茶を口にすると、ラビエータはユースティに訊く。
ユースティは開きかけた口を閉じる。
「ゲイル侯爵との不倫の関係? それとも昔のこと?」
ラビエータは悪戯を企む子どものような表情で、ユースティを見つめる。
速くなる鼓動を抑えながら、彼はメモ帳を開く。
「俺、いやわたしが知りたいのは、もっと根源的なものです。なぜ貴女が大公閣下の元に嫁いだのか。そしてなぜ閣下が存命されていた時から、醜聞を起こされたのか」
ほんの一瞬。
ラビエータの表情が動いた。
それは学園時代、彼女が図書館で一心不乱に勉強をしていた顔に似ていた。
ラビエータは侍従に新しい茶を要求する。
「よろしいでしょう。かつての学友に敬意を表し、お話いたしますわ」
ただし、とラビエータは窓を見る。
「今からお話する内容を、新聞記事として発行するのは、一か月後にしてください。それを守っていただけるなら」
***ユースティの取材メモ1 ラビエータの語った内容
どこからお話すればよろしいかしら。
やはり卒業式後のパーティでしょうね。
あの時はもう、婚約破棄されることは分かっていましたのよ。
あの義妹だったアージィと、元婚約者のペトリエルは、卒業式の随分前から親交を深めていらして。
父も継母もアージィを跡取にしたくて、けしかけていましたの。
まったく、酷い親たち。
婚約破棄されたら私は傷物。まともな婚姻を望むのは無理だろう。
高齢で資産家の後妻か愛妾にと、父は私の知らないところで動いていたようです。
推定ですけど。
おかげで私は、大公閣下の元に嫁ぐことが出来ました。
それだけは父と継母に感謝しています。
閣下の漏れ伝わる評判が、相当悪かったですものね、ふふ。
閣下、エクセピトル・オルプレンタ大公閣下は私にとって、唯一の恋人であり伴侶であり、師であり、家族でした。
閣下のお姿をご存知かしら。
あら、残念ですね。お名前だけ、と。
年齢は?
え、六十くらい?
仕方ないですわね。
閣下のお仕事の関係で、少々情報統制をしておりましたもの。
閣下の御年は、私の父と同じくらいでした。
比較するのも閣下に申し訳ないですけれど。
それはもう、初めてお会いした瞬間、私は恋に落ちました。
均整の取れた御体と、王族特有の赤銅色の瞳。
低く甘い声で閣下は仰いました。
『あなたが得られなかった愛情を、財力を、わたしは貴女に与えよう』
閣下は私を、育て直してくれました。
閣下に嫁ぐまでに、零れ落ちてしまった自信を、拾い集め、磨き、大きな輝きを下さったの。
私、劣等感の塊でしたの。
え、信じられない?
だって、親からも婚約者からも、愛されなかったもの。
だから、愛を与えて下さる閣下に、私のすべてを差し上げようと思ったのです。
それが例え、私個人の評価を下げることであったとしても。
閣下は私に惜しみなくお金と人材を下さいました。
おかげで学園にいた頃より、少しは見た目が良くなりましたでしょう?
あら、お上手。
学園時代も綺麗だったなんて、お世辞が上手くなりましたのね、ユースティ様。
愛を実感できると、女は綺麗になれますのよ。
まあ、貴族の女としてある程度美しくないと、醜聞も生みだせませんものね。
男性の扱い方も、閣下のご指導で磨かれました。
視線一つ、指先の動き一つで、殿方の関心を引き付けられるものなのね。
早く知っていたら、婚約破棄などされなかったでしょうけど。うふふ。
さて、ここからが本題になりますわ。
無闇やたらに、男性と浮名を流したわけでもないのです。
目的はありましたもの。
一つは、国家のためよ。
もう一つは、私の尊厳を取り戻すため。
あら、何だか大事なお話になりそうかしら?
まずは騎士団の副団長だったロイさん。
彼はアージィの取り巻きの一人だった。
アージィの戯言を真に受けて、私を恫喝してきたこともあったの。
剣技に関しては、団長クラスと言われていたわね。
でも試験には受からない。
筆記試験の点数が全く達していなかった。
それはそうでしょうね。
学園時代、彼は講義をサボってアージィたちと遊び回っていたわ。
ロイさんの御父上が閣下に相談にみえて、筆記試験のお手伝いを私がすることになった。
そう、この別邸で。法律や王国の歴史などを教えて差し上げていたの。
しばらくは彼も真面目に勉強したのだけれど、これで終了となった日に、ロイさんは言ったわ。
「ずっと、好きだった」
もう笑ってしまうでしょ?
襲われそうになったわ。
その場で護衛たちに取り押さえられた。彼は利き手の腱を切られた上で、騎士団を追い出されたのよ。
だって私を襲うなんて、閣下の逆鱗に触れたもの、ね。
その場で斬り捨てられても仕方なかったの。
ただ、巷では別の噂が流れたこと、ご存知でしょう?
そういう噂を作り出したのです。
騎士団の汚点を最小限に、個人のものだけに留めるために。
覚えていらっしゃるかしら。
ロイさんが筆記試験に落ちていた頃、王都の中枢を担う方の汚職の噂があったこと。
そちらが大きく取り上げられる前に、副団長の醜聞が騒がれて、結局有耶無耶になりましたわ。