表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

噂の未亡人

 王都にあるルクス社は、週に一度新聞を発行している。

 社長以外社員は三人。取材から印刷、販売まで、全て三人で行っている。


 ユースティ・アルタスは、三人の社員のうちの一人で、一番若い男性だ。

 彼は王都の学園卒業後、寄親貴族の紹介によりルクス社に入った。


 ユースティは子爵家の三男で、親たちから学園時代に婿入り先を見つけろと言われていたが、果たすことは出来なかった。さりとて剣技は並以下、第一希望だった王宮文官の試験を落ち、仕方なくルクス社入った。

 そんなユースティだったが、学園時代は高位貴族らと一緒に、生徒会の仕事に関わっていたので、文章を読み書きすることは嫌いではなかった。


 就職して五年たった今、ユースティも多くの記事を任されるようになった。

 目下、ユースティが書きたい内容は、王国内の農作物の不作と、隣国である帝国との関係悪化だ。

 天候不順の影響で、国内の小麦の収穫量が例年に比べて少ない。

 食料全般の輸入先である帝国とは、ここ数年関税問題で揉め、火種が生じている。


 ユースティが万年筆で下書きしていると、勢いよくドアが開き、社長がやって来た。


「おい、ユースティ。明日の晩、用事あるか?」


「はあ、特にないですが。なんですか、一体」


「取材だ取材。明日の公爵家のパーティに、来るんだよ」

「え、誰が?」

「オルプレンタ夫人、いや、未亡人が」


 大公オルプレンタ。

 前王の弟君にして、王国一番の資産家。


 十年前に夫人を亡くし、五年前に再婚した。

 親子というより、祖父と孫ほどの年齢差がある婚姻だったと聞く。

 再婚後、大公は二年で急死した。

 莫大な遺産は、全て若い夫人が相続したという。


 夫人の名は、ラビエータ。

 学園でユースティと同級生だった女性である。


「ほら、君は同じ学園だったろう? 今回の噂について直撃取材を任せたいのだよ」

「今回の、噂って」

「あのゲイル侯爵と不倫関係っていうヤツ。侯爵夫人は実家に帰って、離縁も間近っていう醜聞」

「はあ……」

「無事取材出来たら、翌日には号外新聞出すぞ」


 社長は鼻息も荒く、ユースティの肩を叩く。


「いや、俺、農作物の記事がまだ」

「アホか。そんなモン、後回しだ。誰も読まんから売れないしな。悪女オルプレンタの記事は売れるんだよ、滅法」


 そんなものかとユースティは万年筆をしまう。


 悪女か……。

 学園時代のラビエータからは想像もつかない二つ名だ。

 身分も年齢も性別すら問わず、誰にでも優しかった彼女。


 栗色の髪を後ろで縛り、図書館で勉強している姿をよく見かけた。

 派手なタイプではないが、楚々とした美しさを持つ彼女のことを、ユースティは好ましく思っていた。

 もっと言えば、密かに憧れていた。図書館で何度か、会話したこともある。

 だが、彼女には婚約者がいた。


 当時、ラビエータの婚約者だったペトリエルも、ユースティの同級生だった。

 柔らかな金髪の下で輝く水色の瞳は、いかにも貴族子息といった面持ちで、女生徒の人気も高かった。


 彼が卒業式でラビエータに婚約破棄を宣言した時、ユースティは驚いた。

 あのラビエータを振ってしまうというのか?

 次の相手は、ラビエータの義妹アージィ?


 ペトリエルの選択に、ユースティは首を傾げた。

 アージィが、ペトリエル以外の男子とも遊び回っているのは有名だったからだ。



 ともかくも、貴族女性として傷モノ扱いとなったラビエータは、卒業後すぐに四十歳以上年上の大公家に嫁がされた。

 大公は、王族の暗部を束ねているとか、闇組織と繋がりがあるとか噂されていたが、幸せになって欲しいとユースティは祈った。


 ラビエータがオルプレンタ夫人となって、半年ほどたった頃からだろうか。


 彼女にまつわる醜聞が次々と世に出て来た。

 最初は大公存命中の噂だ。

 ラビエータと近衛騎士団副団長とのロマンスが、王都を駆け巡ったのである。

 醜聞を嫌った国王は、副団長を更迭したという。


 そう言えば、副団長もユースティらと同期生だった……。


 以降、真偽はともかく、オルプレンタ夫人にまつわる噂は後を絶たない。


 彼女が白昼堂々逢引していた、大商会の跡取が放逐された。

 彼女が足しげく訪れていた、教会の神父までも篭絡された。

 彼女に捨てられた年配の元大臣が、王宮内で刃物を振り上げ逮捕された。

 

 そして、大公が逝去した時には、夫人が毒殺したと実しやかに語られたのだ。


 この時もルクス社は大公追悼記事の他に、号外で夫人の毒殺疑惑を出した。

 それはもう、飛ぶように売れ、社史上最高の売上となった。





 ◆◆未亡人との再会



 この国の公爵家は二つだ。

 オルプレンタ大公家と、本日のパーティ主催者であるゲードナー家である。


 晩夏の時期、庭園での夜会は同家の定番である。


 ユースティは社長と一緒に入場した。

 庭園内にはあちこち篝火が揺れていた。

 ユースティがウエルカムドリンクで口を潤していると、歓声とどよめきが起こる。


「来たな」


 隣の社長が呟いた。


 会場となった庭園に、重い熱風が吹く。

 篝火は一層高くあがり火の粉を落とす。


 喧噪の中心に彼女、ラビエータ・オルプレンタが立っていた。

 ユースティの背中を、ピリピリとした何かが走る。

 顎に伝わる汗を、彼は手の甲で拭いた。


 確かにラビエータである。

 顔の造作はそうだと分かる。


 だが纏う雰囲気がまるで違う。

 ユースティとて予め知っていなければ、分からなかったかもしれない。


 今宵、彼女は光沢のある銀色のドレスを纏っていた。

 篝火がドレスと彼女のデコルテを橙色に染め、大粒の真珠に炎の軌跡が走る。

 艶めかしい。

 ユースティの喉が動く。


 ラビエータは、黒い式服の男性にエスコートを受けている。

 背の高い、端正な顔の男だ。


「また、いつもの男を侍らせているな」


 社長が拗ねたような声を出す。


 まさか社長の声が聞こえたわけではないだろうが、ラビエータは滑るように、ユースティたちの方へとやって来た。


「ごきげんよう」


 昔と変わらず愛らしい声だと、ユースティは思った。


「これはこれはオルプレンタ夫人」


 揉み手をしながら近寄る社長からラビエータを守るように、黒い式服の男が位置を変える。

 ラビエータは社長を素通りし、真っすぐにユースティの前に立つ。


「お久しぶりですね、ユースティ・アルタス様」


 蜂蜜のような、ねっとりとした風がユースティの髪を揺らす。

 清楚な令嬢だったラビエータは、華麗な羽を広げ、妖艶な美女へと変身していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更迭、放逐、篭絡、逮捕、急逝、隣国との火種。 ラビエータさんがこの一連の出来事にどう関わっているのかいないのか、今からわくわくしています。 [気になる点] 立場を失った者の中には義妹の取り…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ