プロローグ
本作は黒森冬炎様主催の「へんしんレ6」参加作品です。
最初に涙を流したのは八歳の秋。
母が急死した。
棺の中の母は、秋に咲くジェンションの花よりも青い顔をしていた。
爪先までも……。
『誰にでも優しくねラビエータ。嘘はつかないようにね。そうしたら、幸せになれるわ』
ヴィンダ伯爵夫人だった母は、私にこう教えた。
栗色の髪は煌めき、薄紫の瞳はいつも穏やかで、母似と言われると私は嬉しかった。
母は言葉通り、誰にでも優しく正直な人だった。
不在気味の父に代わり、伯爵家を切り盛りしていた。
それなのに、やせ細り死んでしまった。
お母さん、あなたは幸せだった?
教会で泣き続ける私とは対照的に、父は平然としていた。
その時の父の態度の理由は、一年後に分かる。
二度目の涙は九歳の冬。
父は母を亡くした私の為にと、母の喪が明けると後妻を娶った。
後妻は茜色の髪を持つ派手な女性。
私より二歳下の女児を連れていた。
女児は豊かな金髪とくりくりした碧色の目をしていた。
それはどちらも、父と同じ色だった。
子ども心に、父が不在気味だった理由が分かった。
父は後妻と異母妹を溺愛し、私の存在を無視した。
邸のはずれの小さな部屋で、息をひそめるように私は過ごした。
それだけなら、我慢できたかもしれない。
異母妹アージィは、私の持ち物を奪い、壊した。
母の形見である、真珠のネックレスを奪われた時だけは抵抗した。
するとアージィはネックレスを引きちぎり、バラバラ落ちた真珠を私に投げつけた。
私は二度目の涙を流した。
それでも私は我慢した。
十二歳から学園の寮に入ると、ようやく平穏な日々が訪れた。
一足先に学園に入った、婚約者のペトリエルが待っていた。
彼も同じ伯爵位の次男。十六の成人を迎えたら、我がヴィンダ家に婿入りする。
二年間は平穏な日々だった。
ペトリエルとは穏やかな交流を続けていた。
同時期の学園には、高位貴族や王族の子弟も在籍していた。
知識と得難い人脈が広がった、素晴らしいひと時だった。
異母妹のアージィがやって来るまで。
アージィはすぐに、沢山の男子に囲まれる。
一人二人と、男子も女子も私の元から離れていく。
そう、物だけでなくアージィは私の友人たちも奪っていった。
婚約者だった、ペトリエルも。
「ラビエータ・ヴィンダ嬢。君との婚約を破棄する!」
ペトリエルから告げられたのは、卒業式後のパーティ会場。
彼の腕を掴んでいる、アージィの唇は弧を描いていた。
冷たくなった手を握りしめ、私は一人、会場を離れた。
誰かが私を呼んだ気がした。足音が近づいて来る。
たった一人でも、私のことを気にかけてくれる人がいたのだ。
でも。
私は振り返らずに馬車に乗り込んだ。
涙は、出なかった。
お読み下さいまして、ありがとうございました!!