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第7話 ミチザネ、腕試しをする

「ネズミの尻尾とハコベコの葉以外は、この辺りじゃ調達が面倒か金がかかるかその両方なんだから文句言うんじゃないよバカ弟子」


 彼女は振り返ると木製のオボンにティーポットと二人分のコップを乗せてミチザネのいつテーブルの前まで持ってきた。活動的なパンツスタイルで上半身をシャツで包み、日焼けした肌に腰までの長い金髪がよく似合っている。


「まったく、どこの世界に師匠に茶を用意させる弟子がいるってのさ」


 ミチザネは女の言葉を聞き流し、彼女の流儀に乗っ取り目の前に出されたお茶にイチジクのジャムを入れた。


 男がこの世界に来て一月が経った。第八遺構史跡開拓村の自身の家に帰った翌日には小さな花束を持って魔女の元を訪れ、強引に弟子入りを迫り、その日から魔法についてのレッスンを受けている。


 まさか在原業平殿に教わった女性の口説き方がこんなところで役に立つとはな。ミチザネは京の都随一のプレイボーイの顔を思い出して苦笑した。


 第八遺構史跡開拓村に住む魔女、サフィは不意に心変わりした村の若者の来訪を随分と訝しんだ。魔女は只人の数倍の時を生きるという。見た目によらず年を取り、見た目によらず寂しがり屋の彼女は、その美貌を褒め称える歯の浮くようなセリフをいくつも並べ、同時に魔法への情熱を口にする男をあっさりと家に受け入れた。



 雌鹿の月と呼ばれる二つ目の小さな月が白く淡い光を投げかける夜、ミチザネは静かに魔女の家を出て通りを歩いていた。


 やがて彼は踏み固められた土の上で足を止めて振り返る。


「いいから早く出てこい。私に話があるのだろう」


 暗がりから人影が三つ出てきた。

 フードを被った只人(ヒューム)、その胸ほどの背丈の小人(ハーフリング)、そしていつかの日に村の門を開けた犬狼族の獣人だ。ここ数日魔女の館を監視している者がいる、とサフィが教えてくれた。彼女の熟達した草の魔法は、周囲の雑草を踏んだ人間を見分けることができる。


 三人は重苦しい雰囲気を発したが、口を閉じたままだ。だが、彼らが剣や棍棒を手に持っていることから、その用件が世間話ではなさそうなことは察しがついた。


「ベラン……」


 獣人が口を開いた。


「お前、どうしちまったんだよ。あんなに魔女嫌いだったお前が、今じゃ魔女のヒモみたいになっちまうなんて」


 小人がその言葉にうなづく。


「そうだ、魔女は存在そのものが不吉で、自然の摂理に反してる。そんなモノが身近にいるだなんて吐き気がするって、お前も賛同してくれたじゃねえか」

「ま、まさか、あの魔女に俺たちの計画をチクったんじゃねえのか」


 フードの只人が言った。


 ミチザネの身体の元の持ち主ベランも含め、彼らは皆若い。そして、流れ者の掃き溜めのようなこの村は若者にとって決して居心地の良い場所ではなかった。余所者ばかりのくせに閉鎖的で娯楽はほとんどなく、金を稼ぐ手段はもっと少ない。

 そんな場所で鬱憤のたまった彼らは憎悪をぶつける敵を求めた。それがこの掃き溜めの村においてさらに異物である魔女だった。


 彼ら四人は自分たちの不幸せはすべて魔女のせいだと決めつけた。日夜魔女の陰口をたたき、彼女のあらを探し、ついには魔女の家を襲撃する計画を立てた。


 茶髪の只人のベランが、彼らから見れば正気を失って魔女のヒモになったのはその矢先のことだった。


「髪や目の色が変わったことといい、やっぱりお前魔女に何かされたんじゃないのか?」


 獣人が異変を探すようにミチザネを見ながら言った。

 平安の亡霊は軽く肩をすくめた。


「お前たちが何を企み、何を勘ぐろうと勝手だが、私は私だ。あの魔女になにかを変えられたということはない。毎日のようにお前たちが家の周りをうろつくとサフィの気が逸れて授業が滞るのでな、やめてもらおうと思いここに来たわけだ。お前たちは、私の目的の妨げになっている」


「目的?」

「しれたこと。次元の門を開き、世界を渡る。一人の男を見つけだし、生き地獄を味わわせた後、殺す。そしてそいつの一族を皆殺しにする」


 ミチザネの目には再び暗い火が灯っている。死してなお、恨みにとらわれた亡霊の火だ。


 見知ったベランからの変貌ぶりに小人が声を震わせた。


「こ、こいつダメだ。魔女に取り込まれちまってる。俺たちの計画も筒抜けになっちまってるよ」

「どうするバウ・ロー、やっちまうか?」


 フードが視線を投げると、獣人はうなづいた。


「ぶん殴って正気に戻そう。簀巻きにして二、三日も吊せば目を覚ますだろ」


 彼らの憎悪の対象は異物の魔女から、グループの離脱者であるミチザネに移ったようだ。獣人が棍棒、フードが剣、小人がナイフを構えた。おびえていようと戸惑っていようと、一度戦うと決めた荒くれ者たちは腰を落とし、目を闘志に血走らせている。


 男たちが間合いを詰めようとした瞬間を見計らい、ミチザネは左手を挙げた。獣人が鼻を鳴らす。


「何だ? 今更やめてくれって言ったって──」

「いやそうじゃない。私が言いたいのは別の言葉だ」


 ミチザネは目を隠すように右手で自身の顔を覆った。


「光よ」


 目を隠していたにも関わらず、真昼のような明かりを彼は見た。暗がりに慣らしていた男たちの目に直接飛び込んだ光の強さはその比では無かった。

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