04
建物の出入り口の辺りに人だかりができていて、悲鳴が聞こえてきたのはそこからなのだと一目見てわかった。
音坂さんはまるでそのための道ができているように、足を止めることなく人の波を縫って進んでいく。
一方の俺は人の壁の向こうへ移動しようとすれば、当然のごとく行く手を阻まれてしまう。面倒だが声を掛けて道を譲ってもらうしかない。
「すんません、ちょっと通して」
「は? なんだよ……ヒェッ!? す、すみません……!」
「……ドーモ」
不満そうにこちらを振り向いた小太りの男は、俺の顔を見るなり裏返った声を上げてドタドタとその場を離れる。
そういう反応には慣れてるし、今はそれどころではないので先へと足を進めていく。
撮影用にと設けられた屋外スペースは、日差しを遮るものがないのが不思議なくらいに灼熱地獄だ。
「ITSU、大丈夫!?」
「誰か救護室に……!」
騒ぎの中央には人工的な髪色をした女性たちがしゃがみ込んでいて、全員がコスプレイヤーなのだと確認するまでもない。
座り込む香宮さんの向かい側には、彼女を心配そうに見る水色のポニーテールの女性と、先に到着した音坂さんがいた。
「大丈夫、大したことないです」
見た目には怪我をしているように見えない香宮さんだが、片手で右の足首を押さえている。
「何があったの?」
「あ、あの……強風で、看板が飛んできて……っ」
問い掛けられた水色の女性は、被害を受けたらしい香宮さん以上に激しい動揺を見せていた。
音坂さんが一瞥した先では、不自然な形にひしゃげた立て看板が地面に放置されている。
どこからか外れてしまった立て看板が、強風に煽られて香宮さんに向かって飛んできたということらしい。
「頭に当たったりしなかったのが幸いかな」
(いや……看板が飛んでくるとか、あり得ねえだろ……)
確かに会場は海が近いこともあって、駅から歩いている時にも強い風が吹きつけてくることはあった。
だからといって、台風が接近しているような悪天候というわけではない。それで納得できる者などいないだろう。
「とりあえず移動しようか、動けそう?」
「はい、……ッ痛!」
そんな俺の疑問をよそに、立ち上がろうと試みた香宮さんは再び膝をついてしまう。
「あ、足首捻ってるのかも。ITSU、あたしの肩に掴まって」
「ありがとうございます……」
水色の彼女と音坂さんの手を借りて立ち上がった香宮さんは、青ざめた表情をしているように見える。
怪我の痛みもあるのだろうが、それ以上に感じ取っているものがあるんじゃないだろうか?
日差しの強い屋外から移動をしようとする一行に続いて、俺も救護スペースへと向かうことにした。
外気も入り込む開放されたホールの中とは異なり、救護用に確保された部屋の中はしっかりと冷房が効いている。
この暑さだ。熱中症で担ぎ込まれてくる人間もいるようで、室内はほぼ満室のような状態だった。
「痛みはどう?」
「はい、随分マシになりました。これなら歩けそうです」
足首をテーピングで固定して応急処置をしてもらった香宮さんは、動きはぎこちないものの簡単な移動くらいならできそうだ。
とはいえ、さすがに今日の撮影は諦めるらしい。コスプレ仲間たちに謝罪をして、帰宅の準備を始めると伝えていた。
「……にしても、看板が倒れるとかあり得なくないスか?」
更衣室の近くまで付き添うために救護室を出た俺は、先ほど感じた疑問を音坂さんにぶつける。
「うん。間違いなく一鶴ちゃんが狙われたね」
「そんな……っ、まだ猶予があるんじゃ……!?」
「思ったより食いつきが良かったみたいだ」
事務所で話を聞いていた時、音坂さんは二日の猶予があるだろうと話していた。
だというのに、まるで些細な計算ミスだとでもいうみたいにこの男は肩を竦めて見せる。
「思ったよりって、それで香宮さんに万が一があったらどうすんだ!?」
「う、鵜九森さん……っ!」
俺は反射的に音坂さんの胸倉を掴み上げて、声を荒げてしまう。目の前の男は特に驚きすらせずに俺を見ていて、それが一層腹立たしく思わせる。
「だから僕らがいるんだよ」
「なに……」
「とりあえず、離してもらっていい? とっても見られてるから」
自分は構わないのだが、とでも言いたげな口ぶりで返されて周囲を見ると、行き交う人々から好奇の視線が向けられていることに気がついた。
注目を集めたいわけではないので渋々解放すると、皺の寄ったシャツを整えながら音坂さんは俺を見る。
正確には、俺の頭の辺りを。
「そろそろバイトの時間みたいだね」
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