CASE 02:死を拡散するSNS
「さあどうぞ、遠慮しないで好きに使ってくれていいからね」
「……空き巣?」
扉を開けた先に広がっていた部屋の中は、想像以上に踏み荒らされた状態になっていた。
先日の隣人の部屋よりはマシだが、どう考えても人間の住む環境ではない。
部屋自体はこじんまりとしたよくある事務所という内装なのだが、物の散らかり方が異常だ。
収納はあるようなのに、脱ぎ捨てられた衣服はソファの背もたれや床の上に散乱している。
衣服だけではなく、日用品の類も同様にあちこちへと散らかされた状態だ。
ゴミは辛うじて袋にまとめられているのだが、表面だけでも分別はされていないのだろうということが見て取れた。
「琥太郎くんの部屋はそこの奥ね。ちょっと散らかってるかもしれないけど、置かれてるものは適当に投げちゃっていいから」
「…………はあ」
なんとなく、嫌な予感はした。ただ俺は、破格の条件で提供された住処だという事実だけを重要視して、その他については見ないふりをしたかったのかもしれない。
それでも、そんな現実逃避が通用するのはこの扉を開けるまでだ。
鍵がかかっているわけでもないその扉のノブを握ると、やたらと重く感じられる。
恐る恐る開こうとしたそれは、内側からの重圧に負けて俺を弾き飛ばすように一気に開かれた。
「うわああああああっ!!?」
俺の声量すらもかき消すほどの雪崩の音が、部屋中に響き渡る。
避ける間もなくあふれ出てきたものに埋もれた俺は、必死にその海を掻き分けて地上へと顔を出した。
「ぶはっ!!」
「あらら、大丈夫?」
「……大丈夫に見えるんスか」
呑気に俺の顔を覗き込んでくるこの男――音坂冥土を、恨みがましげに見上げる。
紛うことなきこの雪崩の元凶であるというのに、少しも悪びれた様子がない。
差し出された腕を引っ張って巻き込んでやろうかと思ったのだが、ひょろっとして見えるくせに思いのほか力が強くて、俺のささやかな仕返しは叶わなかった。
心の中で舌打ちをするが、実際に音を出したとしてもこの男は意にも介さないのだろう。
「音坂さん、片付けとかしないんスか?」
「冥土でいいよ。ん~、たまにはしてるけど問題ないから」
「問題大アリですよ!! 今の見てたでしょ!?」
「あはは、しばらくその部屋使ってなかったからなあ」
俺の予想でしかないのだが、おそらくは一番広いリビングに置く場所がなくなってしまったものを、片っ端からあの部屋に詰め込んでいたのだろう。
俺自身は持ち物が少なくて引っ越しもさほど手はかからなかったが、これは大仕事になりそうだ。
ウマい話には裏があるというものだが、この程度で済むならいい方なのかもしれない。
「……これ、捨てちゃマズイもんとかあるんスか?」
「いや、何があるかも覚えてないし。あ、欲しい物あったらあげるよ」
「とりあえず、片付けます」
この汚部屋の元凶はこの男だ。使い物にはならないだろうから、掃除要員にはカウントできない。俺は一人でこのゴミの山と対峙しなければならないのだ。
幸い、エアコンは稼働しているから熱中症の心配はない。これもバイトの一環なのだと覚悟を決めて、まずはゴミ袋を探し出そうとした時だった。
「冥土さーん、おはようございます! 今日なんですけど……あれ?」
事務所の扉が開いたと思うと、一人の女性が俺の顔を見て動きを止める。
高校生なのだろう。今日は日曜日だというのに、どうしてだか彼女は制服を着ている。
腰元まである長い髪は、放置ではなくそのように染めているのか、艶のある黒い根元から毛先へ向かうにつれて真っ白に色素が抜け落ちている。
グラデーションカラーというやつか。
学校に通っていて、あのカラーは許されるものなのかと疑問を抱かなくもないが。
「ああ、一鶴ちゃん。おはよ。今日って来る日だったっけ?」
「いえ、違うんですけどちょっと冥土さんにお願いがあって」
「お願い? 僕にできることかな」
「もちろん! そうじゃなかったら来てないですよ、冥土さん仕事以外はからっきしなのに」
「あはは、厳しい言い方だなあ」
「っていうか!」
仲のよさげな二人のやり取りを眺めていた俺は、いきなりこちらに視線を向けられてぎくりとする。
いそいそと歩み寄ってきた彼女は、興味津々といった様子で俺のことを見つめてきた。
女の子とこんな風に至近距離で目を合わせることなんてないのだが、大きな瞳は不思議な色をしていて宝石みたいだ。
「な、なに……」
「もしかして、お客さんですか?」
「いや、彼は違うよ。鵜九森琥太郎くん。今日からバイトをお願いすることになったんだ」
「えっ、バイト!? 冥土さんが雇ったんですか!?」
一鶴と呼ばれていた彼女は、大きな目をさらに大きく見開いて音坂さんと俺を交互に見る。
その様子から察するに、これまではバイトと呼ばれる人材はいなかったのかもしれない。
「ふーん? 初めまして、私、香宮一鶴っていいます。高三です」
「あ、鵜九森です。21っス」
「年上だあ。21ってことは大学生ですか?」
「いや、フリーター……」
「ちょっと~、僕だけ蚊帳の外にしないでよ」
女子と話をする機会なんて、高校に通っていた時でも多くはなかった。視線の置き場に迷ってしまって、必要もないのにやたらと事務所の中を見回してしまう。
そんな俺たちの間に割って入った音坂さんは、手元に分厚い手帳らしきものを持っているのが見える。
「すいません、でも挨拶は大事なので」
「それはそう」
「で、お願いなんですけど」
「うん、とりあえず座ろっか」
本来の用件を思い出したらしい香宮さんは、音坂さんに促されるままソファへと移動する。
特に確認をするわけでもなく、ソファの上の衣類を端へと押し退ける動作は手慣れたもので、いつものことなのだろう。
向かいに音坂さんが腰を下ろす。二人掛けのソファが二台あるだけのその場所で、俺はどうすべきかと立ち尽くしてしまう。
そもそも俺も一緒に話を聞いていいのだろうか? バイトをすることになったとはいえ、まだ契約書を交わしてもいないし仕事内容も聞かされていない。
彼女だって仕事関連ではなくて、プライベートな相談をしにきた可能性もある。二人の関係性はわからないが、俺が部外者であることは間違いない。
「あ、じゃあ俺は部屋片付けて……」
「いいよ、琥太郎くんも一緒に聞いて」
「いや、でも……」
自分の隣をポンポンと叩く音坂さんは、そこに座れと言っているらしい。けれど、香宮さんの許可も得ないままその指示には従えないだろう。
そう思って彼女の方を見ると、なぜだか俺の方を不思議そうに見上げる瞳があった。その顔は、どうして座らないのだろうと言っているように見える。
少なくとも、俺に聞かれて困る相談内容ではないのだろう。彼女がよほどのポーカーフェイスでなければの話なのだが。
「……じゃあ、邪魔します」
俺がこの場で棒立ちになっていたところで、この二人の話は進まないのだろう。そう判断した俺は、少し悩んでから音坂さんの隣に座ることを選択した。
「それで、一鶴ちゃんはどんなお願いがあって来たのかな?」
俺から彼女の方へと視線を戻した音坂さんは、穏やかな声色で問いを投げかける。
胡散臭さを除けば、音坂さんは間違いなくイケメンと形容される部類の人間だ。そんな男に優しく微笑みかけられれば、多くの女性はイチコロなのではないか。
しかし、香宮さんは見慣れているのかそうしたものに興味がないのか。はたまた、好みではないのかもしれない。
特に表情を変えることもなく、彼女は口を開いた。
「死を拡散するSNSって知ってますか?」
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