竜の赤ちゃん
森を進む先、アデルが何か気配を感じとって歩を止めた。
「どうしたの?」
「しっ」
そっと天狗の手みたいな大きな葉をかき分けると、そこには拓けた場所。
そして一緒に見てみると、植物でできたベッドみたいなものに卵がある。
すでに孵化がはじまっているけど、親が見当たらない。
なんの子供なんだろう、とささやきあう。
見守るとそれは『石青頭竜:せきせいとうりゅう』。
その名の通り、青い皮膚が頭にある竜。
石と呼ばれる部分は六角形で後ろ頭まで複数で構成されていて、身体は白で毛はない。
たまごの殻を頭から振り落としたその赤ん坊は、不思議そうにしていた。
竜の孵化なんて初めて見る。
正直感動した。
それに石青頭竜は、自分的に可愛い。
その油断が気配になったのか、赤ん坊がこちらに気づき、目を合わせた。
「どうしよう?」
「ん~・・・うしろの気配もどうしよ~・・・?」
石青頭竜は孵化したあと『最初に見た者』を親だと判断しかねない。
そして僕の肩をつんつんと叩いたのは、どうやらアデルじゃない。
そっとアデルと一緒にうしろを振り向くと、そこには成人した石青頭竜。
彼らは草食だが、子煩悩でも知れている。
子供をさらいに来たのだと判断したら、攻撃に出てくるだろう。
「はぁい」
片手を少し上げて挨拶してみる。
石青頭竜は人語が少し分かる竜だ。
「こちらに敵意はないよ」
小さく何度もうなずく、おそらく孵化した赤ん坊の親の竜。
アデルと一緒にそろりそろりと間合いから抜け出すと、赤ん坊が鳴いた。
親竜の感動かなんかの鳴き声に驚いて、我先にとその場を離れるため叫びながら走る。
アデルと途中はぐれそうになったけど、大きな木をはさんで回り込んだだけで合流。
息が上がった僕たちは少し休憩をとろうよ、ってことになった。
そして自然にはえたリンゴの木から実をもいで食べて、甘いなぁと思う。
そう言えばちらほら、リンゴの木に実が成っていた場所を走ってきた。
「このリンゴ、もしかしたら石青頭竜の主食かもしれないな」
アデルの言葉の次に、なんだか視線がして背筋がのびる。
コーヒーカップを持つ手が小刻みに震えている。
「ま、まさか・・・」
つんつん、とまた肩を叩かれる。
向かいにいたアデルの顔の方を先に見ると、彼はかぶりを振った。
そっと振り向いてみる。
するとそこには、さらに大きな首長の石青頭竜の群れがいた。
圧巻して、声とかをもらしそうになる。
なんて大きな存在なんだ、
領域を侵したと思われたなら、
コーヒー一杯おごった所で許してもらえるわけがない。
今、悟った。
ここらは、石青頭竜の住処の領域だ。
アデルが震える声で声を透した。
「どうかここを無事に通してくれ~っ。我々は旅の者だっ」
首長石青頭竜がその長く白い首をこちらに下げて、青い瞳で見た。
「《よかろう》」
意外なのか分からないが大きくなるにつれ人語が喋れるらしい。
赤ん坊の孵化を親切に見守ったことが知れて、複数から感動された。
子供ができる確率が少ない彼らにとって、新入りは可愛いものでしかないらしい。
孵化を見守っていてくれた礼に、と、とあることを教えてもらった。
それから、見聞の旅に出るのだったら、帰ってきた折話を聞きたい、と。
なんかもうその荘厳に涙が出そうにになってきて、畏れを抱いていますとぼやく。
首長石青頭竜の複数から笑いが起る。
小さめの方たちが、小首をかしげて顔を見合わせていた。
・・・――― ・―― ・・―――・ ・・
今ではちょくちょく森に入って、彼らと話をしながら夜を明かす日もある。
彼らの主食はやはりリンゴであって、赤ん坊には親が与える。
口の中でリンゴをくだいて唾液に混ぜて、口移しをするらしい。
巨木に勝りかねない身長の、首長。
その後ろ頭に乗せてもらって、界隈を見渡した。
高くて怖い。
絶景だったと言いたいが、正直「早く降ろしてくれ」と叫んだのは体勢を崩したから。
横にいる首長に鼻で笑われたりした。
なんなんだよ、と声を張ってみるが、周りの首長から少し笑いをとってしまう。
書き記してもいいかと訪ねると、さすがに文字は読めないから知らないと言われた。
お前なら悪いことをするはずもないし、よかろう、と許可を得た。
僕は彼らの領域を、勝手ながら守ってあげたいと思った。