森山を抜けて
温泉山岳地帯を越えると、メルティの成分が切れてきた。
温泉山岳地帯に魔物は出現しないんだけど、周りにはいる、って感じ。
殺伐とした、昔は草原だった場所。
地面に水気はなく、ひび割れて・・・靴底にざりざりとしている。
心まで渇いてきそうな風景が続いた。
所々、低木や草木が見えて、なぜかほっとする。
そして「まさか同じ所を歩いているんじゃないだろうな?」と疑問に思う。
のどが乾く。
アデルとの会話も少なくなってきた頃合い、そこに魔物が現われた。
そこにいたのは「ストーク」と呼ばれる魔物で、追跡癖が濃い。
牙に毒を持っていて、その牙の先は緑色の毒素に染まっている。
「怖ーい。噛まれたら血が緑色になるんじゃねぇの?」とアデル。
「ねぇ・・・ねぇ、あれ、ストークじゃなくないか?」
「ん?ここらに現われるのはストークだろう?」
「だって、毛色まで緑色だぜ?そして牙も緑のうさぎ・・・?」
「まさかっ・・・伝説の『毒牙うさぎ』!?だとしたらレアじゃんっ?」
怯えているのか震えている。
そしてアデルと顔を見合わせると、うなずきあった。
膝をついて、毒牙うさぎに懇願した。
「僕たちは食べたことないけど、昔、人間達が沢山狩ったと聞いています」
「それにより、『毒』を持ったうさぎ・・・まこと、まこと、申し訳ない」
膝をついた状態のまま、僕たちは手を合わせて礼をした。
毒牙うさぎは、人語を解する魔物。
こちらから攻撃しない限り、向こうから攻撃してくることはない思考回路。
そして、昔、その肉が『美味しい』と知れて、彼らの領域を侵してしまった。
由来は愛玩されていた筈のうさぎが、野生化したからだ、と。
それから、愛玩のはずなのに、その肉を美味しくする研究が同時に進んでいた、と。
人語を解すまで愛玩されたそのうさぎに対し、僕たちは「うさぎを食べない筈」の人種。
なのに、食べないけど、狩った。
それの何が悪いのか、と、威風堂々としていた歴史が怖い。
そして、何より悲しい。
「うさぎ」を食べない人種にとって、それは「猫」や「犬」に等しい。
牙が生やし毒を持ったのは人間と離れるためだと喋ったのに、
それでも狩りをする者はいて・・・
毒牙うさぎの毛色が緑色なのは、光合成をしているから。
この乾燥地帯で、生きていくために、太陽光エネルギーを自分で生成している。
それが専門誌で発表されるや否や、観光気分に領地を犯したのは人間。
やはりその毒牙うさぎの前で、「美味しいのかしら?」とか・・・
「人間の言葉何か喋ってみろ」みたいな過去が色濃い。
以来、毒牙うさぎは『侵略』されたと思ったら攻撃をする『魔物指定』をされた。
情緒を持つ者しか、ここは通ったらいけない場所。
少し前まで人間の住人たちがいたらしいけど、移り住んだらしい。
毒牙うさぎに『侵略した』と思われたから。
毒牙うさぎはしばらくこちらを観察するように見ていて、そして喉元で喋った。
《こちらだ・・・着いてきなさい・・・》
ひび割れた大地が一面に広がり、時々の低木と乾いた色の草くらいしかない。
その風景の中に、毒牙うさぎをその健脚で追いかける僕たち。
そして荒れた大地に群生する大きな岩場を見つけた頃、毒牙うさぎは陰に入った。
少し警戒して岩陰をのぞき込む、
すると毒牙うさぎがこちらを待っていた。
そこには、低木に咲く可憐な花が、少し・・・
《見てくれよ。綺麗だろう?》
僕たちは思わず泣いてしまって、自分の中にあるかもしれない人間成分を悲しんだ。
お腹がすいているから、毒牙うさぎが美味しそうに見える・・・
そして毒牙うさぎはそれを知っていて、こう言ったのだ。
《少し話してくれたら、自分を食べてくれてかまわない》
「綺麗だね」
「とっても・・・とっても、綺麗だ」
毒牙うさぎが話したかったのは、荒れ地に咲く花。
そして、ただそれだけで貴重なものを愛でる心があることを察した。
なんの仕掛けでも、策略でもない。
毒牙うさぎは、さびしくて誰かと喋りたかったんだ。
人語を解するほど、愛玩用に育てられた先祖からの血で。
文献によると、最初は再びの愛玩だと勘違いして自分たちから群れで近づいて来た、と。
その文献を読んであった僕たちは、「うさぎ」を食べたくないひと、だ。
「なにか・・・何か、この土地のために出来ることないかなっ?アデルっ?」
「花や木を植えてあげたい」
《それは本当か?うそでも嬉しいぞ》
「きっと、だ」
「きっと」
―・・・―― ・・―― ・・・――
旅を終えて余談になるけど、毒牙うさぎへの約束を守りたいと思った。
アデルにそれを相談すると、快諾。
なので荒れ地に、植林をした。
草食動物がいても大丈夫な安全な、生命力の強い芝系植物『シヴァー』。
環境万能型だと言われる、グレープベリーの低木『ブラフーマ』。
蜜が美味しいほんのりと優しい香りのする多輪の花『ヴォシーヌ』。
この3種類を基本系に、大きめの苗を。
それから、メロリンコルンと言う多輪の樹を軸としたオアシスを作った。
これで旅人が毒牙うさぎを狩ることは特にないだろう。
グレープベリーは人間も食べれる。
ブドウ糖が豊富に含まれている、ありがたい植物。
メロリンコルンは草食動物なら食べれて、ヴォシーヌは人間も少しなら大丈夫。
ヴォシーヌは食べ過ぎると「天罰」が下ると言われている植物。
近隣の人々に依頼して植林に参加してもらったけど、
ちょうどいい植物だ、と
今でも残る罪悪感をここで少し「還元」に代えたいと言ってくれた。
この記述を読むことになるであろう君に言う。
変われとまでは言えないけど、変わってもいいんだよ、って強めに言いたい。