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スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「点滅」
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「点滅」(7)

 裏山の森……


 必死に逃げるシンゴを追うのは、現実離れした銃声の轟きだ。


 体のどこかをかすめた弾丸の衝撃に、シンゴは思いきりつまづいた。泥まみれになりながら跳ね起き、山道をまた息を切らして走る。


 銃撃はやんだ。


「な、なんなんだよ、あれは……?」


 樹木の陰に隠れたまま、シンゴは慎重に顔だけをのぞかせた。


 風が葉擦れを鳴らす以外、あたりに人の気配はない。


「……た、助かった」


 安堵に、シンゴは胸をなでおろした。


 振り返ったその眉間に突きつけられたのは、真っ黒な銃口だ。計五門にもわたる火縄銃で、鉄砲隊の亡霊はシンゴを狙っている。


 木立ちの裏から、メグルは音もなく現れた。血の気を失って震えるシンゴへ挨拶する。


「お望み通り来てやったぜ、裏山に?」


「お、俺が悪かった!」


 シンゴはその場に這いつくばった。汚物でも眺める視線でそれを見下しながら、たずねたのはメグルだ。


「俺に謝ってるのか?」


「そ、そうだ! そうです!」


 地べたに頭をこすりつけ、シンゴは叫んだ。


「ほんとにすいませんでした! もう二度としませんッ!」


「まあ、当然だな」


 銃口を押しつける力を強めて、メグルはたずねた。


「セラには?」


「は、はい?」


 反応の遅れたシンゴの前で、メグルは見せつけるように空へ発砲した。器用に土下座のまま飛び上がったシンゴの背中へ、落ちて跳ねたのは射抜かれた木々のかけらだ。銃声にも負けない大音声で、メグルは怒鳴った。


「セラにも謝れって言ってんだ!」


「ちゃんと謝ります! 切った制服も弁償します! だからどうか、命だけは……!」


 腕組みして考えながら、メグルは独りごちた。


「ぜんぜん怒りが静まらないな。あ、そうだ」


 思いついたように、メグルは指を鳴らした。


「脱げ、おまえ」


「え……?」


「パンツまでぜんぶ脱げ、って言ってんだよ。素っ裸のまま教室に戻れ。とりあえずそれで、この場は見逃してやる」


 笑みに愉快げな色を混じらせ、メグルはしゃがみ込んだ。絶望に硬直したシンゴの瞳を覗きながら、その頬を軽く叩いて催促する。


「ほれ、さっさとしろ。生き恥をさらすのと、ここで撃ち殺されるのとどっちがいい?」


「う、ううう……」


「これから俺は、やられたことを全部一からたどって、おまえらに仕返しする。ああ、ヒュプノスはなんて素晴らしい力を与えてくれたんだ……快感だぜ」


「〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟」


 鼻先すれすれを通過した石を、メグルはのけぞって回避した。


 振り向いた先にたたずんでいたのは、セラだ。


 暗い面持ちで、セラは訴えた。


「やめなよ、メグル」


「なんで邪魔する?」


 こめかみに血管を浮かべ、メグルはうなった。


「おまえだってやられたんだぞ、セラ?」


 切られたスカートの裾をつまんで、セラは首を振った。


「こんなのどうってことはない。縫えばすむ。それよりぼくは、きみのことが気がかりだ」


「なに?」


「手に入れた強い力を振りかざして、弱者をしいたげる……」


 セラは言い放った。


「きみのやっていることは、不良グループと同じだよ?」


「いっしょにすんな!」


 メグルの怒号に、銃声は重なった。放たれた火線は、セラの髪をかすめて虚空へ消える。


 ひるむことなく一歩前進し、セラは落ち着いた口調で続けた。


「やられた側なら、その辛い気持ちもわかるだろう?」


「うるせえ! 来んな!」


 ふたたび轟音はこだました。二発、三発。銃弾に食いちぎられた制服の破片が、セラの周囲を舞う。歩みを止めず、セラは手をあげた。


「もう終わりにしよう、復讐は。このまま他人への攻撃を続ければ、ぼくはもう、きみの味方ではいられない」


「大きなお世話だ! 俺には強い味方が、こんなにもいる!」


 物音に、メグルは血に飢えた猛獣のように振り返った。


 見れば性懲りもなく、またシンゴが逃げだしている。


 こけつまろびつ遠ざかるその背中を指差し、メグルは冷たく鉄砲隊へ命じた。


「撃ち殺せ、〝墳丘の松明(グレイイーグル)〟」


 セラはささやいた。


「〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟……」


「え?」


 その異常に、メグルはじきに気づいた。


 山の頂上から、石ころが転がってきたのだ。それもひとつやふたつではない。石の流れはしだいに太くなり、たちまち膨大な量にかさを増してメグルの足首を埋め尽くす。


 高まる不気味な地鳴りに、メグルは狼狽した。


「なんだこれは!?」


 学校の裏山は豪雨・地震等にそなえてきちんと整備されているはずだ。それがなぜ、何者かが合図したようにいきなり崩れ始める?


 それはまさしく災害と化して、山頂からメグルへ迫った。


「セラ、まさかおまえも結果使い(エフェクター)……」


 顔をそむけて、セラはつぶやいた。


「残念だよ、メグル」


 でたらめに火縄銃を撃つ鉄砲隊ごと、メグルは土石流に飲み込まれた。

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