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スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「点滅」
6/32

「点滅」(6)

 翌日……


 科目ごとに変わる教師は、それに気づかない。いや、気づいたところで、とぼけた教師ならむしろ感心すらしたはずだ。


 教室の比較的前寄りのメグルの席を、いつも最後列を陣取っているはずの不良グループが囲んでいるではないか。かかわると危険でしかないので、勝手な席替えをだれも指摘しない。そしてこれからメグルを襲うであろう不幸も、クラスメイトたちにはだいたい想像がついている。


 その日、メグルへの嫌がらせは熾烈をきわめた。


 登校中には信号待ちの道路でいきなり背中を突き飛ばされ、あやうく車にひかれそうになる。とっさに踏みとどまってなんとか命は助かったが、メグルを押した何者かは雑踏にまぎれて結局わからない。歩く途中なんどかポケットに違和感があったのは、すれ違いざまに財布でも盗ろうとしたのか、なにかしら異物を入れようとしたのか。


 教室に着いたら着いたで、メグルの机は卑猥な落書きで埋め尽くされていた。イスには瞬間接着剤で、画鋲が山のように張り付けられている。引き出しが妙に臭うので覗いてみれば、敷き詰められていたのは大量の動物の死骸だ。


 顔色ひとつ変えずに、メグルはそれらをてきぱきと掃除した。それをセラが手伝ったのも、また盛大に不良どもの反感を買ったらしい。


 授業中に周囲から、物が飛んでくる飛んでくる。丸めたメモ、シャーペンの芯、先のとがった紙飛行機、弁当のおかず、その他。うしろの席から背中に落書きされた制服は、休み時間中にトイレで洗った。教室に帰ってきたときには、教科書は中途半端に破られ、カバンの中にはさまざまな汚物が詰め込まれている。


 見るに見かねて、つぎの休憩時間中、セラはメグルへ切り出した。


「担任に知らせたよ」


 我慢をしすぎた人間というのは、感情が死んでしまうらしい。気のない顔つきで、メグルはセラへ問い返した。


「そうか。で?」


 あまりの反応の薄さに、セラはやや口ごもって続けた。


「いちおう注意はするけど、メグル。きみ本人からの苦情がないと、学校は動きづらいそうだ」


「ま、そのていどだろうな、先公の関心なんてのは」


「いっしょに先生に説明してくれないかい?」


 よどんだ眼差しを、メグルはセラに向けようともしない。机の裏に多くこびりついたガムの食べかすを入念に除去しながら、首を振る。


「時間のムダだよ。もちろん俺自身なんども先公に相談しちゃいるが、チクったってことでむしろ立場が悪くなるだけだ。なぁに、学年が上がってクラスが変わるまでの辛抱さ」


「クラス替え、って……すごく先の話だよね?」


 顔をくもらせ、セラは食い下がった。


「いくらなんでもこれは、度が過ぎてる。きみが必死に耐えてるのはわかるし、見ているこっちも辛い。もういちど、いっしょに先生に相談しようよ?」


「この話はここまでだ」


 きゅうに声をひそめたメグルへ、セラは疑問符を浮かべた。


「?」


「振り向くな。入り口の陰から、シンゴがこっちを見てる」


 休憩の終わりを知らせるチャイムは、どこまでも非情に聞こえた。


 道徳の授業を受け持つ教師は、おとなしく気弱なことで有名だ。


 うしろから身を乗り出し、メグルの耳へ囁きかけた者がいる。


「なあ、二合ふたあいよ?」


「…………」


 無視してノートをとるメグルへ、シンゴはにやつきを強めた。皿代わりにしたノートからメグルの首筋へおびただしい消しカスを流し込みながら、たずねる。


「なあ二合ふたあい井踊いおどなんかと付き合ってるのか、おまえ?」


「…………」


「あんなボクっ娘がタイプなんだな?」


「…………」


「ま、挿れる穴さえありゃ女は女だ。おまえのヘニャチンがまともに勃たないのは悲しいが」


「…………」


 スティック型のノリをメグルの後頭部に塗りたくりながら、シンゴはうなずいた。


「よし、決まりだ。放課後、裏山に集合な?」


「…………」


「おっと、イヤっつってもムリヤリ連れてくぜ。もし先公なんかに言いつけてみろ。おまえの大事な井踊オンナがこうなる」


 隣席の不良へ、シンゴは指を鳴らして合図した。席から席、手下から手下へすみやかに伝言は伝わっていく。


 さすがのメグルも顔をひきつらせた。音もなくセラの背後から現れたハサミが、彼女のスカートの端を切ったではないか。


 笑いを噛み殺しながら、シンゴは手足だけではしゃいだ。


「へへ、気づいてねえでやんの、井踊アイツ。間抜けな不思議ちゃんめ。これから俺らは、おまえにしたのと同じことを、ひとつずつ順番に井踊いおどにやるつもりだ。ほ?」


 興味津々に、シンゴは口を丸めた。


 力をこめすぎたペンは小刻みに震え、メグルの手の中でひび割れている。


 ペン先がノートに食い込んで穴をあけるのにも構わず、メグルはうなった。


「……めろ」


「あ? なんか言ったか?」


「やめろって言ってるんだ。セラはなんの関係もない」


 メグルの警告に、シンゴは静かに拍手してみせた。


「よく言えました♪ ()()って、名字じゃなくて名前で呼び合う仲なのかい。ラブラブじゃん。こりゃあ二人とも、もうただじゃ済ませられねえな」


「痛ッ……?」


 ちいさくうめいて、うなじを押さえたのはセラだった。


 さっきハサミを振るったシンゴの手下が、また指示を受けて、セラの首筋を三角定規で刺したのだ。セラの後席、ああ。つぎに不良は筆箱から、鋭利な千枚通しまで取り出している。


 悲痛な顔で振り向いたセラと視線があったとたん、メグルの意識は真っ白になった。


「やめろ!」


 生徒たちが悲鳴をあげたのは、メグルの怒気のせいだけではない。


 轟音とともに、教室の壁には巨大な風穴がうがたれている。


 銃声?


 奇怪な現象は、まだ始まりにしか過ぎなかった。


 忽然と黒板の前に現れたのは、大昔の甲冑で身を堅めた人影だ。つごう五体いるそれらの手では、古風な火縄銃が硝煙をくゆらせている。


 それだけではない。


 鉄砲兵たちはうっすら透き通り、うしろの景色が丸見えではないか。


 幽霊……


 あっけにとられたのも束の間、教室は阿鼻叫喚に包まれた。チョークだけは手放さないまま腰を抜かす教師、イスから転げ落ちる不良、ひとまず防災訓練の手順どおり席の下に隠れようとする男子、ただただ恐怖に絶叫する女子……


 唐突なスクールジャックの中心で、メグルは一喝した。


「全員動くな!」


 おそるべき銃火器で、幽霊たちは油断なく教室全体を狙っている。鉄砲兵たちがメグルの意思に従って動いているなど、ほかの生徒は知るよしもない。


 いや、あるひとりだけは〝墳丘の松明(グレイイーグル)〟の強い呪力の流れを感知していた。


 セラだ。


 席を蹴ってひとりだけ仁王立ちするメグルへ、セラはとりすがった。


「いけない、メグル。どうか落ち着いて」


「もうたくさんだ」


 血走った瞳で、メグルはセラを振り払った。


「セラ、おまえまで巻き込まれちゃもう黙ってられない。我慢の限界だ。見て見ぬフリばかりのこいつらもろとも、罰を与えてやる」


 鉄砲兵のひとりから、メグルは火縄銃をひったくった。


 呪力の物質化……とんでもない奇跡を行使していることに、能力者本人も気づいていない。イスごとひっくり返ってうずくまるシンゴの口に、怒りにまかせて火縄銃の先端をくわえさせる。


 がくがく震えるシンゴへ、メグルは無表情につぶやいた。


「なあ、おまえ? とんでもない人間を怒らせちまったな?」


「ひ、ひい……た、たしゅけ」


 銃口を突っ込まれたままなので、シンゴの命乞いは言葉にならない。へたり込んだズボンの下に、湯気をあげて塩臭い水たまりが広がっていく。


 なにごとか訴えかけるシンゴへ、メグルは小首をかしげてみせた。


「よく聞こえないな? このまま頭をすっ飛ばしたら、もっとはっきり喋れるようになるのかい?」


 引き金にかかったメグルの指に、力は加わり……


 押し殺した声で、セラはささやいた。


「〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟……!」


 ガラスの砕ける音が響いたのは、次の瞬間だった。


 強い力で外から投げ込まれた石塊が、教室の窓を割ったのだ。


 正体不明の投石は、一個だけにとどまらない。片っ端から、教室の窓ガラスは次々と破壊されていく。


「だれだッ!?」


 警戒したメグルの視線を追って、鉄砲兵たちの照準も外へ向いた。


 叫んだのはセラだ。


「いまだ! みんな逃げて!」


 それを皮切りに、人々はなだれを打って出口に殺到した。


 ちゃっかり人混みにまぎれて、シンゴの姿も見えなくなる。


「くそ!」


 鉄砲兵の射軸をあちこちにさ迷わせ、メグルは毒づいた。


「逃がさんぞ!」


「メグル!」


 セラがのばした手は寸前で届かず、メグルは教室を飛び出した。

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