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スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「祈願」
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「祈願」(8)

 今日も今日とて、セラは上糸うえいと総合病院に足を運んだ。


 病院そばにある緑豊かな公園では、小鳥のつがいが軽快にさえずっている。


 大けがを負った胸を中心にきゅうくつなコルセットに覆われるのは、車イスに座るソーマだった。さいわいにも命に別状はなかったが、しばらくの安静は欠かせない。


 樹々の木漏れ日をメガネで反射するソーマを、心地よいそよ風がなでた。彼を気遣ったのは、となりのベンチに腰掛けるセラだ。


「だいじょうぶ? 痛むでしょ、傷?」


「どうということはない。痛み止めはよく効いている」


「あんまり無理しちゃだめだよ。組織の全技術を投入しても、完治までに二ヶ月はかかるそうじゃないか」


「いたしかたあるまい。油断した私の責任だ。油断といえば、セラ。日々のトレーニングはサボらず続けているな?」


「うん。ソーマの代役で、いまはヒデトが訓練に付き合ってくれてる」


「〝黒の手(ミイヴルス)〟が? あの人間嫌いで面倒くさがりの彼がか?」


「そうだね。彼も仕方なしって様子だけど、稽古のほうは本物だ。たくさんの実戦をくぐり抜けてきた凄腕中の凄腕だし、ちょっと見せてもらった呪力もとんでもない性能を秘めてる」


「なんと、滅多にみせない能力まで明かしたか。なぜきみにそこまで……」


 ぎこちない動きで腕組みし、ソーマは悩んだ。


「念のため聞いておくが」


「うん?」


「ナンパなぞされていないだろうな?」


 けらけらと笑い、セラは答えた。


「なにそれ。心配してるの、ソーマ?」


「いや、あのな。やつもいちおうは年相応の男子高生だ。若いきみに妙な色目を使う危険性も、じゅうぶんに考えられる」


「ないない」


 セラは顔の前で手を振ってみせた。


「パーテさんから聞いたよ、ヒデトにはもうちゃんとカノジョがいるってね。ミコちゃんだっけ? とっても忙しいらしくて、まだきちんとご挨拶もできてないけど」


「そうか、ならいいが。対現たいげん対異たいい護身術に卓越したヒデトなら、きみの特訓相手としては申し分ない。私が復帰するまでの間、しっかり鍛えてもらいたまえ」


「そうそう! 臨時の英語の先生!」


 ひざのうえでお弁当箱のクロスをほどきながら、セラは興味津々に話題を振った。


「学校にきたんだよ、期間限定の新しい先生が。なまえはエリー先生。女性さ。ちょっと顔色は悪くて病弱そうだけど、すっごく若くて美人なの。ソーマがきたときとは逆に、女子は落ち込み、男子は大盛りあがりだ」


「若い? 実年齢五百歳以上がか?」


「え?」


「いや、なんでもない。せいぜい血を吸われないように用心することだな」


 お弁当箱からつま楊枝で刺したタコさんウィンナーを、セラはソーマへさしだした。


「はい、あ~んして?」


 ソーマの瞳は鋭くなった。


「右手が不自由でも、左手で食える」


「なんで? おうちじゃ素直にあ~んしてくれたじゃん?」


「……!」


「はい、あ~ん?」


 あたりに他人の気配がないことを厳重に確認したのち、ソーマは素早くウィンナーをくわえて戻った。まるでどら猫だ。


 かすかに頬を赤くし、口を動かしながらソーマは警告した。


「外ではだれにも言うなよ。とくに、きみのお父上には」


 つぎの厚焼き玉子につま楊枝を刺しながら、セラはなにげなく告げた。


「父さんなら知ってるよ」


「なにッ!?」


「父さんはとても信頼してくれてるよ、ソーマのこと。外国語と社会の作法を、きっちり教わってこいって言われてる。できれば孫の顔は耄碌もうろくするまえに見たい、とか言ってたけどなんのことかはわからない」


「ああ、なんということだ……近々、菓子折りを持参してご挨拶にうかがわねば」


 抜けるような晴天を車イスからあおぎつつ、ソーマはセラを横目でにらんだ。


「たのむから、あまり周囲に喋りすぎないでくれ。私たちの関係は、組織にすら秘密だ」


「はいはい」


 リズミカルに与えられる手作り弁当を食べながら、ソーマは切り出した。


「以前の話の続きなんだが、セラ」


「うん?」


「今回の〝魔性の海月(ヴーゾンファ)〟討伐で、きみは組織内でも注目の的だ。そろそろ正式に組織ファイアへ加入してはくれないか?」


 すず風にさざめく芝生の香りをかぎながら、セラは問い返した。


「ソーマがほしいのは結果使い(エフェクター)としてのぼく? それとも人としてのぼく?」


 糸で縫われたように口ごもったあと、ソーマは声を絞り出した。


「どちらも、だ。私は、きみのことが……」


 気づいたときには、セラの唇はソーマの耳たぶに触れていた。そのまま、感情の読めない声でささやきかける。


「だめだめ。ぼくが二十歳を越えて、大学を卒業してから、だよ?」


 禁じられたふたりの頭上を、小鳥たちが飛び去っていった。

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