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スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「点滅」
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「点滅」(2)

 校内の保健室で、白衣の看護師……片野透子かたのとうこはデスクから飛び上がった。


 セラに支えられ、ぼろぼろのメグルが入室してきたのだ。


 勢いに回転する事務イスを背後において、トウコはうろたえた。


「せ、セラちゃん!?」


 ちいさく舌をだし、セラはウィンクしてみせた。


「先生、またお願い」


「なになに、彼、戦場でもくぐり抜けてきたの?」


 よくわからないうちに患者用のイスに座らされ、メグルはトウコの診察を受けた。


 ペンライトでスグルの瞳孔を右、左と調べる。心配げにトウコはたずねた。


「吐き気はない? じぶんの名前は言える?」


二合ふたあいです。二合恵留ふたあいめぐる……」


「わかった。二合ふたあいくん、シャツを脱いで。肋骨の具合が気になるわ」


 半裸になったメグルに気を利かせ、セラは廊下のほうを向いた。メグルの胴体に聴診器をあてつつ、セラに質問したのはトウコだ。


「ただのケンカじゃなさそうね。相手がいない。なにがあったの?」


「ぼくの口から説明してもいいかな、二合ふたあいくん?」


 女子なのに一人称が〝ぼく〟のセラへ、メグルは首を振った。うらめしげな顔つきで打ち明ける。


「シンゴのグループにやられたんです」


「シンゴ?」


 聞き返したトウコへ、セラは補足した。


「学校でも有名な不良グループのことだよ。なんでも、ついさいきんリーダー格が変わったとか。力を知らしめたいのか、ずいぶんはでに暴れまわってる」


 手足の関節の動作確認をされながら、メグルは鼻で笑い飛ばした。


「小物の集まりだ、あんなのは。〝ガンを飛ばした〟〝道をゆずらなかった〟うんぬんで因縁をふっかけられたんで、無視してやったのさ」


「それでそのざま、と」


 肩をすくめて、セラは指摘した。


「あんな目に遭うのなら、道ぐらいゆずってやればいいじゃないか」


「ゆずったよ。それでもあいつらは納得せずに絡んできた。あれいじょう廊下を横に寄ったら、壁にめり込んじまう。どのみち俺は、目をつけられていたのさ」


 聴診器を首におろし、トウコはささやいた。


「不幸中のさいわいね。骨折や内臓のダメージはなさそうだわ。セラちゃんに感謝よ。顔や手足のすり傷は消毒して絆創膏を貼っとくから、帰ったらかならず病院に行くように」


「はい、ありがとうございます」


 衣服のボタンをとめながら、トウコに、そしてセラにメグルは順番に頭を下げた。


「ありがとな、井踊いおどさん」


「堅苦しいのでセラでいいよ、メグル」


「わかった。ところで」


 上着を羽織りつつ、メグルはセラを遠慮がちにながめた。


「さっきのあの投石……小柄なわりにいい肩してるな、セラ?」


「目のつけどころが鋭いね」


 やや決まりが悪そうに、セラは否定した。


「石はぼくが投げたんじゃない。先生がきた、と叫んだのはぼくだけど」


「仲間がいるのか?」


「ま、そんなところさ」


 ()()が始まったのは遠い昔すぎて、セラ自身はもう不思議ともなんとも思っていない。


 セラはそれを〝お星さま〟と名付けていた。セラが強い思いをこめて願えば、姿の見えないその透明なだれかは、狙った相手に石を投げつけてくれる。言ったら気味悪がられるので、だれにも内緒だ。


 スカートからのびる大人の脚線美を組み変えながら、トウコは感慨深げに溜息をついた。


「セラちゃんはね、正義の味方なの。こんなふうに困って傷ついた生徒をここに担ぎ込んだのは、二合ふたあいくん、きみが初めてじゃない。毎度毎度、セラちゃんの行動力と思いやりには感心させられるわ」


「やめてよ、先生。ぼくはただ、平和を乱す悪いやつに石を投げつけてるだけさ」


 首をかしげて、メグルは聞き直した。


「やっぱりセラが投げたんだな、石?」


「いや、それは言葉のあやというものでね」


 意見の食い違うふたりへ、助け舟をだしたのはトウコだった。


「今回の件は、あたしからきちんと学校側へ報告しとくわ。だからまずは二合ふたあいくん」


「はい」


「可能なかぎり例の不良グループには近づかないように。なにか嫌がらせを受けてもいちいち反応せず、黙ってその場はやり過ごして、あとで担任に相談なさい。でないと身も心ももたないわ」


 悔しげに唇をかみながら、メグルはうなずいた。


「わかりました」


「それからセラちゃん」


「なんだい?」


 あっけらかんと答えたセラへ、トウコは困り顔で説教した。


「繰り返すけど、お願いだからじぶんひとりで危険に飛び込まないで。あなたは非力な女の子なのよ。いじめを阻止するのは先生の仕事だわ」


 不満げに、セラは唇をとがらせた。


「いままさに生徒が困ってる瞬間に、先生は来てくれないじゃないか」


「先生も万能の神様じゃないのよ。そこで頼りになるのが、あななたち生徒の目と声。毎回言ってることだけど、なにかあったらまずは先生に一報して」


 腰のうしろで手を組み、セラはしかめっ面で返事した。


「は~い」


 セラはメグルに申し出た。


「家まで送っていくよ、メグル」


 動揺をうかべて、メグルは顔の前で手を振った。


「いやそんな、いいって。女子にエスコートされるなんて、じぶんが情けなくなる」


「安心して。裏山でもうじゅうぶん、情けない姿は見せてもらったよ。それにここで別れては、不良対策で用意した石ころが無駄になる」


 頭痛でもするように眉間をおさえ、注意したのはトウコだった。


「ちゃんとあたしの話を聞いてた? セラちゃん?」


「ぼくが先生を無視するわけないじゃないか。石ころ集めはただの個人的な趣味さ」


 のうのうと言い放つセラだが、制服やカバンの中に石塊を潜ませているようにはとても見えない。


 座った眼差しでメグルを見据えながら、セラは結論を急いだ。


「どうしてもぼくが邪魔なら、はっきり言ってくれ」


「わ、わかったよ。ついてくるなら、好きにしろ」


 不思議なささやきが、メグルの耳に忍び込んだのはそのときだった。


〈目覚めよ……〝墳丘の松明(グレイイーグル)〟〉


「え?」


 背筋をのばして、メグルは目をぱちくりさせた。


 聞こえたのは、セラやトウコのそれではない。保健室を見回しながら、メグルは問うた。


「先生? さきにだれか休んでたのか?」


 メグルと同じ方向を眺めながら、トウコは疑問符を浮かべた。


「いえ? ここにいるのは、あたしとあなたたちだけよ?」


「なにか変な声が聞こえなかったかな?」


 メグルの肩に手をおき、セラはいたましげな面持ちで告げた。


「幻聴はまずいよ。これは自宅ではなく、病院まで付き添おう」


「ひとりで行けるって。なんかの聞き間違いだ。帰ろうぜ」


 ややこしくなるばかりなので、メグルはひとまず無視を決め込むことにした。だが保健室をでても、謎の声はまだつきまとってくる。


〈覚醒せよ……結果使い(エフェクター)二合恵留ふたあいめぐる結果呪エフェクト墳丘の松明(グレイイーグル)〟に〉

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