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スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「通過」
17/32

「通過」(1)

 昼休みの時間……


 美須賀みすか大付属の面談室。


 個別の進路相談という名目で、セラとソーマはふたりきりで部屋にいる。


 台所でお湯を沸かしながら、ソーマはたずねた。


「紅茶にするか? 緑茶にするか?」


「ぼくが入れますよ。コーヒーを頂きます。角砂糖は十二、いや十三個で」


 かすかに片眉をひきつらせ、ソーマはセラを見とがめた。


「見た目に似合わず甘党なんだな。太るぞ?」


「ご心配なく。健康診断の数値はずっと正常です。先生は砂糖、何十個入れます?」


「頭は大丈夫か? よせ、ブラックでいい」


 テーブルを挟んで対面しながら、ソーマは気を取り直して本題に移った。


井踊いおどさん」


「セラで結構ですよ、お気軽に」


「ではセラ。ふつう、組織が民間人に機密を明かすことは絶対にない。だがセラ、きみに対してはあらゆる情報の開示が許可されている。わかるな、この意味?」


「いいえ、ちっとも。もしかしてぼく、悪の組織に誘拐されて洗脳され、戦闘員や怪人に改造されちゃうんですか?」


「きみが魔法少女の卵なら、それもあり得たかもしれん。しかしきみの方向性はまったくちがう。きみは世にもまれな結果使い(エフェクター)だ。その呪力はすでに開花し、即戦力になることは疑う余地もない」


「戦力? なんのことですか?」


「ぜひ組織の一員に加わってくれ」


「お断りします」


 気まずい静寂に、運動場で遊ぶ生徒たちの嬌声だけが響いていた。即答したセラを真剣な眼差しで見据え、食い下がったのはソーマだ。


「政府の職員だぞ。まごうことなき公務員だ。手厚い待遇は保証されている」


「お金でぼくは釣れませんよ」


「ではなにか、安定した将来を蹴るほどの夢でもあるのかね?」


 コーヒーというよりは粘液質のなにかを一口すすり、セラはつぶやいた。


お菓子職人(パティシエ)になることです。目標は、ぼくの作った味で、生きるのに疲れてしまっただれかをちょっとだけ笑顔にすること。政府のスパイになってライブ会場に毒ガスを仕掛けたり、焼きごてで人質にひどい拷問をしたりするのは嫌ですよ」


「うちも偏見されたものだな。たしかに組織は、悪を裁くためであればときに強引な手段にもおよぶが、基本的には正義の味方だぞ。これが組織の概要だ」


 左手首にはめた銀色の腕時計を、ソーマは一定のパターンでなぞった。


 なにもない空中に具体的な内容を投影したのは、時計に内蔵された超小型のプロジェクターだ。ちょっと進んだ技術に驚きながら、セラは流れる情報を朗読した。


「特殊情報捜査執行局《Feature Intelligence Research Enforcement》。組織名は、単語の頭文字をそれぞれとって通称〝Fire(ファイア)〟。そのおもな任務は警察機関のサポート、機密情報の防衛。それから、んん? 地球外や異世界等から侵入した敵性存在の迎撃と収容。現実世界に生じた超常現象の観測と鎮圧。覚醒した異能力者の監視・確保・登用。つぎに……え~っと、すいません。なんだかぼく、頭がこんがらがってきました」


「近々、もっとわかりやすい資料を用意する。実際に組織の内部も見学してもらおう」


 電子の奔流を静かに消すと、ソーマはさとした。


「結論は急がない。きみには大学をふくめた学業もまだ残っているしな。ただしこれだけは知っておいてくれ。組織はつねに、世界の平和をその裏側から支え続けている。そして能力者であるきみも、もうずっと知らぬふりではいられない。とくに今回、私たちが追っている狂気の結果使い(エフェクター)〝食べ残し〟の追跡に関しては」


 我知らず奥歯を噛みしめ、セラは問うた。


「ほかにこう、この殺人事件に適任な捜査官のひとはいないんですか? 大きな組織なんでしょう?」


「かねてより、本件には多くの捜査官ユニットが投入されている。しかしなにぶん、過去に前例のない敵の対応だ。殺人鬼の尻尾をつかむまでもなく取り逃がし、またことごとく返り討ちに遭っている。その中ではっきりしたことはひとつ」


 銀縁眼鏡を正して、ソーマは告げた。


「犯人は好んで結果使い(エフェクター)をつけ狙っている。その理由までは不明だが。だからこそ、組織でも数少ない結果呪エフェクトの専門家である私は赤務あかむ市に寄越された」


 コーヒーの水面を深刻げににらみ、セラは聞いた。


「ほんとうに……ほんとうに、メグルは殺されたんですか?」


「残念だが、ほぼ間違いなく。現場に残された手がかりの鑑定結果から、彼が存命でないことは明らかだ」


「やはり結果使い(エフェクター)、だったからですか?」


「おそらくは」


 コーヒーに唇をつけかけたあたりで、ソーマは気づいた。


 机上で握りしめられたセラの拳が、白くなって震えていることに。


「ぼくのせいです。ぼくがもっとうまく、メグルを守っていれば」


「じぶんを責めすぎるな。憎むとすればそれは、彼を覚醒させた〝ヒュプノス〟という正体不明の存在だ。なにか心当たりは?」


「ありません……ぼくはただ、声を聞いただけです」


「声、か。その特殊な波長は強い暗示や催眠術のように、能力を眠らせている人間を結果呪エフェクトに目覚めさせるらしいな。裏で〝食べ残し〟とつながっている可能性もある」


「許せない」


 セラの瞳の奥には、熱い決意の炎が燃えていた。


「許せません、約束をやぶった自分自身が。ぼくは誓ったんです、かならず守るって。メグルとお母さんに。ぼくにできることならなんでも協力しますよ、先生。凶悪犯に罪を償わせるために。これいじょう犠牲者を増やさないために」


 セラはささやいた。


「ぼくが守ります。学校を、みんなを、この街を」


「一歩前進だな、組織の捜査官エージェントに」


 コーヒーカップを置くと、ソーマはたしなめた。


「そうは言っても〝食べ残し〟はいつどこで我々を見張り、襲ってくるかわからない。繰り返すが、やつは結果使い(エフェクター)をターゲットにしている。高い能力を秘めるきみでも、周囲にはじゅうぶん警戒するんだぞ」


「わかりました」


「有事の際のために、連絡先を交換しよう」


「はい」


 口頭で伝えた番号をセラが自分のそれに打ち込むと、ソーマの携帯電話はひとつ震えて静まった。交換完了だ。さらにセラは申し出た。


REIN(レイン)のアドレスも交換しましょう。声で話せない状況のとき、とても便利です」


「あのはやりの意思疎通アプリのことか。その、すまないんだが」


「まさか先生、インストールしてないんですか?」


「そのまさかだ。連絡はもっぱら、この自爆装置もかねた腕時計でおこなっている」


「自爆は冗談として、友達とメールするときもその銀色の腕時計スパイグッズなんですか?」


「これは組織内の専用回線だ。職場いがいでの交友関係が薄くてな」


「ようはいないんですね、友達?」


「はっきり言ってくれるな。そのとおりなんだが」


「結婚もしてませんね?」


「バカにしているのか。まあ、していない」


「彼女もいないでしょ?」


「いがいと大胆だな、きみ。いない」


 おもむろに、セラはソーマのとなりに腰掛けた。


「いいですか、インストールしても?」


「べつにかまわんが」


 横から覗き込んだソーマの携帯電話に、セラは例のアプリを落とした。ひとつふたつ簡単な操作をしたあと、うながす。


「これでぼくの電話のコードを読み取ってください」


「ここを押すのか?」


「ちがいます、こっちです」


 端末をいじる指と指、横並びの腰と腰はぶつかり、ソーマもやや眉根を寄せている。ぶじに相手の電話の改修カスタムが済んだのを確認し、セラはうなずいた。


「はい、これでオーライ」


 学校のチャイムが休憩の終わりを告げたのは、ちょうどそのときだった。


「コーヒーをごちそうさまでした。食器は置いといてください。あとで洗いますので」


 席を立ちながら、そよ風のように言い残したのはセラだ。


「今後ともよろしくお願いしますね、〝竜巻の断層(トルネンブラ)〟さん」


「ああ、こちらこそ、〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟」


 出入り口の戸は閉まり、面談室にはぽつんとソーマだけが残された。


 沈黙の中、ソーマはおぼろげにじぶんの手をながめている。さっきセラの指がぶつかった場所だ。なにを思ったか、ソーマは半眼で独りごちた。


「プライベート、か……」


 ワンテンポ遅れて、ソーマは目を覚ますしぐさで首を振った。


「いかんいかん。なにを考えているんだ私は。そもそも彼女は生徒で、私は教師だぞ?」


 教材の一式をひったくるように掴み、ソーマもいそいそと面談室をあとにした。

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