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スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「発光」
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「発光」(1)

 しとしとと水音をかなでる雨のベール……


 路地裏の泥溜まりを弾き、全力疾走するのはひとりの学生だ。


 彼の名前は二合恵留ふたあいめぐるという。


 ただ、その必死の形相は狂気に近い。察するに彼は、おぞましい〝なにか〟から逃げているようだ。


 彼をここまで追い詰めるものも想像しづらい。メグルには、彼ともうひとりの少女しか知らない特殊な才能がある。ちょっとやそっとの脅威なら、あっという間に跳ね返しているはずだ。


 人気のない暗がりを無我夢中で逃げるメグルを、その謎めいた存在が追い始めたのはいつごろからだったろう。


 建物のはざまを疾走しながら、メグルは声を荒げた。


「〝墳丘の松明(グレイイーグル)〟!」


 轟音とともにメグルの背後を薙ぎ払ったのは、突如空中に現れた火縄銃たちだ。呪力でできた幻影の弾丸は、火花を散らしてあちこちを跳ね返る。


 建物の角を曲がって、メグルは糸が切れたように立ち止まった。行く手を、雑居ビルの高い壁がはばんでいる。行き止まりだ。


 室外機の回転と雨音だけが、ただ静かに鳴っていた。


 もときた闇を注視しながら、息切れとともに独り言をこぼしたのはメグルだ。


「追い払った、か?」


 一拍おいて返ってきたのは、きしるような声だった。


〈その呪力ちから……〉


 声の源へ、メグルはすかさず鉄砲を撃った。


 仕留めたか?


 いや、不吉なささやきは、見当違いの側壁から聞こえた。


〈その結果呪エフェクト、この場で過去に撃たれた銃の記憶を再現しているな。赤務あかむ市もその昔は戦場だった。探せばそこらじゅうに、銃撃の結果は残っているだろう〉


 またメグルの放った火線は、追手の気配を射抜いた。


 こんどは性別不明のつぶやきは、反対側の排水溝から響いたではないか。


〈非銃社会の日本でその威力なら、国外の戦場ではどうだ? あるいは鬼神のごとき凄まじい性能を発揮するかもしれない〉


 暗闇のそこかしこでこだましたのは、深く水が裂ける音だ。ときおり鋭い輪郭シルエットを見え隠れさせ、音はのたくりつつメグルへ迫ってくる。


「おまえがヒュプノスなのか!?」


 メグルの誰何すいかを、追跡者は即座に否定した。


〈ちがう。世間は私を〝食べ残し犯〟と呼ぶ〉


「く、来るな!」


 壁にすがりつきながら、メグルは火縄銃を乱射した。


 あいかわらず、銃弾が獲物に効いたようすはない。敵の数はひとつ、ふたつ、みっつ……いや、もっとか? もしくは、そんなにもいない?


 とめどなく銃火にまたたきながら、メグルはひび割れた悲鳴をあげた。


「だれかァっ!! 助けてくれェっ!!」


〈いただくよ、その力〉


 水しぶきをまとって跳んだ白い輝きに、メグルの意識は飲み込まれた。

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