06:買い物
服を買いに来たとはいっても、ここ数年新調したのは会社に着ていけるようなものばかりだった。
学生時代には友人と出掛けたり、デート用の服を買うこともあったけれど、今はそんな機会もめっきり減ってしまったせいだろう。
だからこそ、流行もわからないしどんな服を買えばいいのか、頭の中にイメージが湧いていなかったのだが。
「オネーサン、これとかどう?」
「うーん、ちょっと派手すぎないかな?」
「そう? オレは似合うと思うんだけど」
どういうわけだろう。私の服を見に来たというのに、私よりも真剣に私の服を選んでいる人間が目の前にいるというのは。
あまり目立たない似たようなデザインを選びがちな私とは異なり、怜央くんは鮮やかなカラーや自分では選ばないようなタイプの服を持ってくる。
(……でも、ちゃんと私のことを考えてくれてるのかな)
最初は、彼の好みに合わせた服を選んでいるのかと思っていた。
けれど、よくよく見てみると奇抜すぎるわけでも絶対に似合わないようなデザインというわけでもない。
あくまで、私一人では挑戦しないであろうというだけで。
「ん~、じゃあこっちは? オネーサンこういうのは穿かない?」
そう言って彼が持ってきたのは、落ち着いたブラウンのマーメイドシルエットスカートだ。
基本的にはパンツスタイルが楽で、ついついそちらに逃げてしまいがちなのだけれど。丈も長めで可愛いとは思う。
「可愛い、けど……似合うかな?」
「似合うって! オレが保証するし、ちょっと穿いてみねえ?」
これまではすぐに引き下がっていた怜央くんが、初めて食い下がってくる。
穿いてみたいけれど似合うかわからない。そんな私の迷う気持ちを、汲み取ってくれたのかもしれない。
「じゃあ、せっかくだし試着だけ」
「そうこなくちゃ! すいませーん、試着したいんスけど! あっ、オレじゃなくてこっちのオネーサン」
私が頷くや否や、怜央くんはスカートを片手に店員さんの方へと向かっていく。
何やら勘違いをされたようで慌てて否定している姿がおかしくて、私は少しだけ笑ってしまった。
「……どう、かな? やっぱり変じゃ……」
言われるがままに試着をしてみたのはいいけれど、いざ穿いてみるとやっぱり似合わないのではという気持ちの方が膨らんでしまう。
それでも、いつまでも彼を待たせておくわけにはいかないと思って、恐る恐る声を掛けてみた。
私の格好を見た怜央くんはぽかんとしていたので、似合わなかったのだろうと判断して試着室の扉を閉めかける。
しかし、その扉は怜央くんの手によって閉じられなくなってしまった。
「いや、スッゲー似合う! めちゃくちゃいい! オネーサン可愛いよ!」
「あ、ありがと……」
「マジで似合うって! それ買うよな? 何ならオレが支払い……」
「や、自分で買うから!!!!」
興奮気味の怜央くんが財布を取り出そうとしているのを見て、私は反射的に購入を宣言してしまうことになる。
年下にお金を払わせるわけにはいかないし、そもそも買ってもらう理由が無い。
店員さんの『お買い上げありがとうございます!』という言葉もダメ押しとなって、私はそのままスカートを購入することになったのだった。
「何か勢いで買わせちゃったけど、大丈夫だった? 似合ってたし、オレとしては嬉しかったけどさ」
店を出てから気持ちが少し落ち着いたのか、怜央くんがそんなことを口にする。
値札も見ずに購入したスカートはそこそこの金額だったので、会計をする姿を見て我に返ったのかもしれない。
「大丈夫だよ。確かに勢いだったけど、気に入らなきゃ買ってないし」
「マジ?」
「うん。それに、自分じゃきっとこういうのって選ばなかっただろうから。挑戦する機会をくれてありがとう」
手にしたショッピングバッグを掲げて笑って見せると、彼はようやく安心したようだった。
悪いことをして項垂れていた大型犬が、今は尻尾をブンブンと振っているように見える。
「それより、私に付き合って女物の服なんか見ててつまらなくなかった? 怜央くんだって、やりたいことあったりしたんじゃ……」
「オレは楽しかったよ。むしろ勝手に着いてきたのオレだし、そこはオネーサンが気にすることじゃないでしょ」
「そう言われると、確かにそうなんだけど」
言葉通り楽しそうにしているので、彼は本当にそう思っているのだろう。
不良というのは、私にとって絶対に近づきたくないと思う存在だった。
素行が悪くて派手で他人のことなんて考えもしない、迷惑をかけることを生き甲斐としているような人ばかりだと思っていたから。
(怜央くんは……少し違うな)
初めて会った時につるんでいた仲間を見ても、派手な容姿を見ても、彼は確かに不良と呼ばれる類の人間なのだろう。
それは間違いないのだが、どうしてだか私の中にある不良と印象が結び付かない。
「ん? なに、オレの顔に何かついてる?」
「えっ!? ううん、ついてないよ。スカート選んでくれたお礼しなきゃなって思っただけで」
思っていたことをそのまま伝えるわけにはいかず、私は咄嗟にそんなことを口走る。とはいえ、お礼をしたいと思ったことは本当だ。
私の言葉を聞いた怜央くんは、不思議そうに首を傾げている。
「勝手にしたことなんだから、別に礼とか気にしなくていいけど。オネーサンって律儀だよなあ」
「律儀っていうか、してもらったことにお礼はするでしょ」
「ん~……あ、じゃあさ。デートしない?」
「……は?」
次いで飛び出した提案に、私は思考がついていかずに間抜けな声を出してしまう。
名案だと言わんばかりに手を打った怜央くんは、ショッピングバッグを持つ私の手を取ってキラキラと目を輝かせている。
「コレ着てさ、デート。実際に穿いて歩いてるオネーサン見たいし」
「デートって……何でそれがお礼……?」
「……ダメ?」
窺うように私をじっと見つめてくる瞳は、猫目なのに犬っぽいのが不思議だと思う。
ダメと言ったら、彼を悲しませることになるのだろうか? そう考えると、なぜか無性に罪悪感が湧き起こる。
「ダメ、じゃ……ないけど」
「ダメじゃないってことは、いいってこと?」
「……時間が合えば」
「っしゃ! じゃあ時間合わせる! ってことで、連絡先交換しよ」
しょんぼりしていたかと思えば、喜びを前面に押し出した顔をする。コロコロとよく表情の変化する青年だ。
断る理由も見つからず、私は催促されるままにLIMEの登録をすることになった。
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