41:キミの隣
「お前らさあ、女の人にその言い方はないんじゃねーの?」
その時、私たちの会話に割り込んでくる第三者の声が響いた。その声に聞き覚えがあるような気がして、私は声の主を見るのだけれど。
(……知らない人)
割り込んできたのは、黒髪でスーツを着た背の高い男性だった。
彼は私の手から空き缶を取り上げると、持ち主の中学生に向けてその缶を差し出す。
「なっ、何だよアンタ……関係ねーだろ!?」
「関係無いけど、お前らそこの中学の生徒だよな。制服見りゃわかる」
「そ、それが何だってんだよ」
「空き缶ポイ捨てして、女性に暴言吐いてる生徒がいましたって連絡入れてもいいんだぜ?」
「……なあ、洋ちゃん。捨てとけよ」
「そうだよ、チクられたら俺らもヤバいって」
一時的に気が大きくなっていた中学生たちは、男性の言葉にマズイと感じたのだろう。
友人たちがざわつき始めると、空き缶を捨てた当人も気まずい顔をしている。
「ッ、捨てりゃいいんだろ!」
そうして男性から空き缶を奪い取った少年は、ゴミ箱に缶を押し込むが早いか走ってその場を逃げ出していった。
「えっと……ありがとうございました」
中学生たちが見えなくなると、私は思い出したように男性に頭を下げる。彼らの過ちを正そうとしたというのに、結局他人に助けてもらってしまったのだ。
けれど、男性は私の言葉に反応を返そうとしない。
「あの……?」
「オレさ、そんなに見違えた?」
「え?」
「まさか、二年で綺麗さっぱり忘れちまった……なんてことねえよな?」
問い掛けの意図がわからずに彼の方を見た私は、思わず叫んでしまいそうになった。
先ほどまでは暗がりでよく見えなかった表情。
自動販売機の明かりに照らされた彼の顔を、見間違えるはずもない。
「ッ、怜央くん……!?」
私を助けてくれたのは、悪戯を成功させた子どものように笑う怜央くんだった。
「嘘、なんでここに……っていうか、髪、それ……!?」
「オネーサン動揺しすぎ。髪はホラ、社会人だから」
動揺するに決まっている。
よく見れば、髪は以前よりも短くなっているし、あれだけジャラジャラとしていたピアスも見当たらない。
(それに、髪のせいなのかな? 何だか、凄く大人っぽくなった)
こちらに歩み寄ってきた怜央くんの背後には、大きく振られる尻尾が見えている気がする。
「びっくりさせようと思ってさ、待ち伏せしてたんだけど。オネーサン、変わってねえな」
「変わってないって……」
「褒め言葉。変わらず綺麗で、自分が正しいと思うことしてて、オレの好きな凛さんのまま」
後ろ姿では気がつかないほど、大人びて変わっていると思った怜央くんだけれど。変わっていないのは、怜央くんも同じなのかもしれない。
「長いこと、待たせてゴメン。もうオレのこと好きじゃなくなってたら……それは困るんだけどさ」
そんなことはありえない。そう思うのに、私は言葉に詰まってしまって上手く声を出すことができない。
彼が迎えに来てくれた。その事実がすべてだから。
「桜川凛さん。結婚を前提に、オレと付き合ってください」
たった一言、『はい』と口に出すことができなかった私は、代わりに何度も何度も頷いて。
溢れる涙で顔がぐしゃぐしゃになるのにも構わずに、怜央くんの背中に腕を回したのだった。
一生のうち、良いことと悪いことは同じだけ起こるなんて話がある。
けれど、果たして本当にそうだろうか?
人生は平等ではないけれど。
多分、自分の努力で変えていけることもある。
悪いことにばかり気を取られていた私は、目を向けてみればたくさんの良いことに出会っていた。
そう気づけたのはきっと、私を想ってくれる人たちがいたから。
これからはもう少しだけ、自分を認めて生きていこうと思う。
私を肯定してくれる、大好きなキミの隣で。
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