37:キミの背中
電車に乗って向かった先は、怜央くんのお母さんが眠っている墓地だった。
『母さんトコ行ってくる』
リューさんとのトークルームには、短くそんなメッセージだけが表示されていたのだ。男性同士というのもあるのかもしれないけれど、短文だけのやり取り。
以前話していたように、他の人との用件は本当に最低限で済ませているのだと実感した。
お墓の場所がどこにあるのか、リューさんは私に確認しようともしなかった。それは恐らく、私がすでに知っていると判断してのことだったのかもしれない。
(これは、一応……)
前は急なことだったので、手ぶらでやってきてしまったことを思い出す。
この場所に来るとはいえ、怜央くんとタイミング良く会えるかは運でしかなかった。だからせめて、お墓に備える花を持参しておこうと思ったのだ。
小さな花束を抱えた私は、逸る気持ちを抑えながら記憶を辿ってお墓を目指す。
「……やっぱり、いないか」
足を止めたお墓の周辺に、怜央くんの姿を見つけることはできなかった。
先日と変わらず綺麗なお墓には、真新しい花が供えられている。怜央くんが来た後だったのだろう。
お墓に向かって一礼すると、私は持参した花を供えてから手を合わせる。
今日も線香は無いので花だけになってしまうけれど、私は怜央くんのお母さんに伝えておきたいことがあった。
(怜央くんのお母さん、こんにちは。今日もまた、急にやってきてしまってごめんなさい)
怜央くんのお母さんは、私のことを快く思ってはいないかもしれない。
私とのことがどこまで伝わっているかはわからないが、それでも伝えておかなければいけないと思ったのだ。
『母さん、オレ大事なひとができたよ』
あの時の怜央くんのように、私だって彼のことを大切に想っているのだと。
(……呆れられてる、かな)
怜央くんのお母さんがどう思ったか、その答えが返ってくることはない。
それでも私は、今の自分ができる精一杯の気持ちを彼女に伝えた。
「それじゃあ、失礼します」
再び一礼をしてから、私は墓地の出口へと向かって歩き出す。
そうして道路に出たところで、反射した太陽の光の眩しさに思わず目を細める。
「ッ……!」
その金色は、焦がれすぎて見た幻なのかもしれない。
道路の向こう、横断歩道を渡った先に歩いている怜央くんの背中を見つけた。青信号は点滅を始めたばかりで、今すぐ動けば彼に追いつくことができる。
「怜央く……!」
駆け出そうとした私の後ろで、不意にドサドサという音が聞こえた。何事かと振り返ると、そこには腰の曲がったおばあさんの姿がある。
その手元には買い物袋が握られているのだが、どうやら袋の底が破れてしまったらしい。開いた穴から次々と品物がこぼれ落ちて、周囲に転がっていく。
私たちの周囲に人はおらず、おばあさんは慌てた様子で荷物を拾おうとしている。
「っ……手伝います」
彼の背中を追いかけたい。
そう思う気持ちは山々だったけれど、私は目の前の老人を見捨てることができなかった。
拾い集めたそれらを袋に戻してから、持ち歩いていたエコバッグをおばあさんに渡すことにする。
「あらあら、ご親切にどうもありがとう。助かったわ」
「いえ。もう大丈夫だと思いますけど、気をつけてくださいね」
エコバッグは100均で購入したものだったので、また買い直せばいいと思いおばあさんの背中を見送る。
そうして振り返った先。横断歩道の向こうに、もう怜央くんの姿はなくなっていた。
追いかけて探せばまだ間に合うのだろうか?
けれど、もしかするとこれは、怜央くんのお母さんからのメッセージなのかもしれない。
『息子と関わらないでほしい』
そう思われているのだとしたら、私にはこれ以上彼を追いかける資格が無いのではないか。
信号は再び青に変わったけれど、私の足は動いてくれない。
一歩を踏み出す勇気が……ない。
『いや、オネーサン偉くね!?』
「ッ……!」
迷った時、自信が持てない時、いつだって思い出すのは彼の声だ。
あそこに眠っているのは、怜央くんのお母さんだ。だとすれば、私に伝えようとしていたメッセージはきっと違う。
こんな時、困っている人を見捨てて駆け出すような私を、怜央くんのお母さんは……怜央くんだって、認めてはくれないだろう。
(お願い、もう一度だけ……!)
努力は必ず報われるものではない。
もう人に何かを期待するのはやめようと思った。……だけど。
これが最後で構わないから、チャンスが欲しい。
「きゃっ……!?」
そう思って駆け出そうとした私の腕は、誰かに掴まれたことによって引き留められた。
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