表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/41

37:キミの背中


 電車に乗って向かった先は、怜央くんのお母さんが眠っている墓地だった。


『母さんトコ行ってくる』


 リューさんとのトークルームには、短くそんなメッセージだけが表示されていたのだ。男性同士というのもあるのかもしれないけれど、短文だけのやり取り。

 以前話していたように、他の人との用件は本当に最低限で済ませているのだと実感した。


 お墓の場所がどこにあるのか、リューさんは私に確認しようともしなかった。それは恐らく、私がすでに知っていると判断してのことだったのかもしれない。


(これは、一応……)


 前は急なことだったので、手ぶらでやってきてしまったことを思い出す。

 この場所に来るとはいえ、怜央くんとタイミング良く会えるかは運でしかなかった。だからせめて、お墓に備える花を持参しておこうと思ったのだ。

 小さな花束を抱えた私は、逸る気持ちを抑えながら記憶を辿ってお墓を目指す。


「……やっぱり、いないか」


 足を止めたお墓の周辺に、怜央くんの姿を見つけることはできなかった。

 先日と変わらず綺麗なお墓には、真新しい花が供えられている。怜央くんが来た後だったのだろう。


 お墓に向かって一礼すると、私は持参した花を供えてから手を合わせる。

 今日も線香は無いので花だけになってしまうけれど、私は怜央くんのお母さんに伝えておきたいことがあった。


(怜央くんのお母さん、こんにちは。今日もまた、急にやってきてしまってごめんなさい)


 怜央くんのお母さんは、私のことを快く思ってはいないかもしれない。

 私とのことがどこまで伝わっているかはわからないが、それでも伝えておかなければいけないと思ったのだ。


『母さん、オレ大事なひとができたよ』


 あの時の怜央くんのように、私だって彼のことを大切に想っているのだと。


(……呆れられてる、かな)


 怜央くんのお母さんがどう思ったか、その答えが返ってくることはない。

 それでも私は、今の自分ができる精一杯の気持ちを彼女に伝えた。


「それじゃあ、失礼します」


 再び一礼をしてから、私は墓地の出口へと向かって歩き出す。

 そうして道路に出たところで、反射した太陽の光の眩しさに思わず目を細める。


「ッ……!」


 その金色は、焦がれすぎて見た幻なのかもしれない。

 道路の向こう、横断歩道を渡った先に歩いている怜央くんの背中を見つけた。青信号は点滅を始めたばかりで、今すぐ動けば彼に追いつくことができる。


「怜央く……!」


 駆け出そうとした私の後ろで、不意にドサドサという音が聞こえた。何事かと振り返ると、そこには腰の曲がったおばあさんの姿がある。

 その手元には買い物袋が握られているのだが、どうやら袋の底が破れてしまったらしい。開いた穴から次々と品物がこぼれ落ちて、周囲に転がっていく。


 私たちの周囲に人はおらず、おばあさんは慌てた様子で荷物を拾おうとしている。


「っ……手伝います」


 彼の背中を追いかけたい。

 そう思う気持ちは山々だったけれど、私は目の前の老人を見捨てることができなかった。

 拾い集めたそれらを袋に戻してから、持ち歩いていたエコバッグをおばあさんに渡すことにする。


「あらあら、ご親切にどうもありがとう。助かったわ」


「いえ。もう大丈夫だと思いますけど、気をつけてくださいね」


 エコバッグは100均で購入したものだったので、また買い直せばいいと思いおばあさんの背中を見送る。

 そうして振り返った先。横断歩道の向こうに、もう怜央くんの姿はなくなっていた。


 追いかけて探せばまだ間に合うのだろうか?

 けれど、もしかするとこれは、怜央くんのお母さんからのメッセージなのかもしれない。


『息子と関わらないでほしい』


 そう思われているのだとしたら、私にはこれ以上彼を追いかける資格が無いのではないか。

 信号は再び青に変わったけれど、私の足は動いてくれない。

 一歩を踏み出す勇気が……ない。


『いや、オネーサン偉くね!?』


「ッ……!」


 迷った時、自信が持てない時、いつだって思い出すのは彼の声だ。


 あそこに眠っているのは、怜央くんのお母さんだ。だとすれば、私に伝えようとしていたメッセージはきっと違う。

 こんな時、困っている人を見捨てて駆け出すような私を、怜央くんのお母さんは……怜央くんだって、認めてはくれないだろう。


(お願い、もう一度だけ……!)


 努力は必ず報われるものではない。

 もう人に何かを期待するのはやめようと思った。……だけど。


 これが最後で構わないから、チャンスが欲しい。


 「きゃっ……!?」


 そう思って駆け出そうとした私の腕は、誰かに掴まれたことによって引き留められた。


Next→「38:出会いの日」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ