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35:私の決めた道


 もしかしたら私は、間違ったことをしようとしているのかもしれない。

 それでも、一度向き合うと決めた気持ちをもう無かったことになんてできない。


「やって……ない……」


 そう考えて、私は怜央くんにもう一度会おうと決意した。そのつもりだったのだが、連絡先を消してしまったのでその手段が見つからない。

 考えた末に辿り着いたのが、リューさんの経営するホストクラブだった。

 怜央くんと一緒に暮らしていると言っていたので、彼なら怜央くんの居場所を知っているだろう。

 教えてもらうことができるかは、また別の話だけど。


 日曜日ということもあって、私は明るい時間帯に家を出ると真っ直ぐに目的地を目指してきた。

 けれど、ホストクラブなんて通ったこともないので、営業時間というものを失念していたのだ。


(18時から……それまで、時間を潰すしかないか)


 今はまだお昼を少し過ぎたところなので、店が開くまではそれなりに時間がある。

 店の前で待つわけにもいかないし、どこかカフェにでも入ろうかと思った時だった。


「……あれ、オネーサン?」


「えっ……!?」


 その声に、私は勢いよくそちらを振り返った。


「あ、やっぱそうだ。前にレオと一緒に店に来たオネーサンだよな?」


「あ……」


 怜央くんの声によく似ていると思ったのだけど。振り向いた先にいたのは、顔もよく覚えていないような派手な容姿の男性だった。

 問い掛けの内容から察するに、ホストクラブに入った時に並んで出迎えてくれたホストの一人なのだろう。


「今日は一人? まだ店やってないんだけど、もしかしてお客さんとして来てくれたとか?」


「いえ、あの、リューさんとお話したくて」


「リューさん? あ~、そっか。オネーサンもしかしてリューさん目当て?」


「えっ? いや、そういうわけでは……」


「リューさんカッコイイもんなあ。独身だし、金も持ってるし狙い目だよな~」


 男性は、私の言葉も聞かずに勝手に話を進めていく。

 

「でもさあ、オネーサンにはちょっと年上すぎんじゃねえ? あのさ、俺とかどう?」


 長い茶髪が私の頬に触れそうなほど近づいてくる。ホストという職業柄、距離感が一般人のそれよりも近いのかもしれない。


「オネーサンみたいなタイプ、結構好みなんだよね。俺にご指名くれたらたっぷりサービスしちゃう」


「あ、あの……困ります……ッ!」


「オイコラ、店の前で何やってんだオメエは」


「ゲッ!? リューさん、ちわす!」


「店のイメージ下げるようなことしてんじゃねえ、ったく……ん?」


 目の前まで迫っていた男性が急に離れたかと思うと、彼の首根っこを捕まえる大柄な男性。

 引き剥がされた男性は、放り出されると彼にお辞儀をしてからそそくさと店の中に消えていった。


 私の顔を見たリューさんは、眉を顰めてから驚いたような顔をしている。どうやら、絡まれているのが私だとは気がついていなかったようだ。


「あ、あの……こんにちは」


「アンタ、こんなトコで何やってんだ。……いや、ウチのが迷惑掛けたみてえで悪かったな」


「いえ、大丈夫です」


 私が何をしに来たのかよりも、従業員のしたことを謝罪する方が先だと判断したのだろう。

 経営者としてしっかりしている人だと思ったが、今は感心している場合ではない。


「あの、リューさん。もし良かったら、少しだけお時間をいただけませんか?」


 断られるかもしれない。私の用件なんて、内容を聞くまでもなく彼には察しがつくものだろうから。


「……立ち話で済みそうにねえんなら、中入れ」


「! ありがとうございます……!」


 けれど、リューさんは私の話を聞いてくれるらしい。

 招かれるまま、私はリューさんの後に続いて人生二度目のホストクラブ入店を果たした。


 営業時間中ではない店内は、先日の煌びやかな雰囲気とは一転して落ち着いている。

 清掃をしている人のほかに、店内にはホストらしい男性の姿もちらほらと見受けられた。


 その中には先ほど外で会った男性の姿もあって、彼は私に気がつくとバツが悪そうな顔をして会釈をする。

 それに軽く頭を下げて返しながら、私はスタッフオンリーと書かれた奥の部屋へと通された。


「オイ、私用だ。ちょっと外せ」


「あっ、リューさん! おはようございます!」


「おう。いいからさっさと行け」


 室内には先客がいて、談笑する数名の男性グループがこちらを見る。その彼らを追い払うと、リューさんに促されて私はソファーへと腰を下ろした。


「すみません、お店に押しかけてしまって。けど、他に当てが無くて」


「来ちまったもんはいい。……怜央のことか」


「……はい」


 やはり、リューさんは私が何のためにここに来たのかを理解しているようだ。

 緊張で冷たくなる指先を握り締めて、私は彼から目を逸らさないよう胸を張る。


「もう一度、怜央くんに会いたいんです」


「……それが、アンタの出した結論か」


『本当にアイツを想うんなら、よく考えてほしい』


 道端で会った時に、私はリューさんにそう告げられた。その時の答えなのかと、問われているのだろう。


「最初は、大人として怜央くんから離れるべきだと思いました。それが、彼のためだと思ったから」


 あの日、リューさんからの言葉を受けた私は、確かにそう思ったのだ。だからこそ、自分の気持ちに蓋をして別々の道を歩むことを決断した。


「怜央くんもそれを理解してくれて、一度は終わりにしたんです。連絡先も消して……だから、今の私に怜央くんとの繋がりはありません」


「賢明だな」


「いい大人が、身の程も(わきまえ)えずに夢を見ていました。だから、私は私のあるべき現実の中で、生きていこうと思ったんです」


 夢からいつか覚めるように。眠れば朝がくるように。

 この気持ちも、思い出に変わる日がくるのだろうと思っていた。


「……けど、できませんでした」


 きっと私は、大人として失格なのだろう。

 そうだとしても、これ以上の嘘を重ねることができなかった。


Next→「36:キミのワガママ」

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