31:強気な少女
それほど長時間飲み続けたわけではないのだけれど、色んなお酒をちゃんぽんしてしまったからだろう。
店を出る頃には、私はすっかりふらふらの状態になっていた。
「桜川さん大丈夫? ヤケ酒なんて言って、無理に付き合わせすぎちゃたよね」
「だい、じょうぶです……私が好きで飲んだだけ、なので……」
「電車だと危ないし、タクシー捕まえた方が良さそうかな。僕が家まで送るよ」
「いえ、自分でかえれますから……きゃっ……!」
歩き出そうとした私は、溝にヒールが挟まって転びそうになってしまう。間一髪のところを先輩が支えてくれたので、怪我をせずに済んだのだが。
「す、すみませ……私、やっぱりタクシーで……」
先輩の顔があまりにも近すぎて、私は酔いが覚めたのではないかと思うほどに動揺してしまう。
けれど、先輩の腕は支えていたはずの私の身体を、いつの間にか抱き締めるような形で拘束していた。
「せ、先輩……はなしてください……!」
「送らせてくれるまで、離してあげないって言ったら?」
「そんな、困ります……っ」
頭がふわふわしていて、先輩の腕から思うように抜け出すことができない。もしかすると、先輩も酔いが回っているのかもしれない。
どうにかして、この状況を変えなければならないと思っていた時。
「……何やってんの?」
「……え、桃華ちゃん……?」
聞き覚えのある声にそちらを見ると、そこに立っていたのは桃華ちゃんだった。
何だか怒っているような顔をしているけれど、先輩がようやく腕を離してくれたので私は安堵する。
「桜川さん、知り合い?」
「えっと、はい……一応」
「……お姉さん、ちょっと時間ある?」
知り合いと呼んでいい間柄なのかは微妙だと思ったが、顔と名前は知っているのだし頷いておく。
そんな桃華ちゃんから、まさかの言葉が飛び出して私は自分の耳を疑った。
「え、私……?」
「他にいないでしょ。時間あるの? 無いの?」
「あ、ありますけど……」
桃華ちゃんの向けてくる圧に、私はなぜか敬語になってしまう。
答えを聞くが早いか、彼女は私の腕を掴んでどこかへ歩き出そうとしている。
「ちょっと、キミ、どこ行くつもりだよ……!?」
「お兄さんには関係無いでしょ。女同士の話なんだけど、まさか着いてくるとか言わないよね?」
「いや……えーと、桜川さん大丈夫そう?」
「はい、私は大丈夫なので。今日は色々とすみませんでした、茂木先輩」
「それじゃあ……また明日」
可愛い顔をしているからだろうか?
どこか迫力のある桃華ちゃんの物言いに、茂木先輩も着いてくるとは言えないようだった。
「お酒臭い……お姉さんってさ、見かけによらず男遊びする方だったわけ?」
「えっ!? しないよ、さっきのは職場の先輩で……」
桃華ちゃんに引きずられるように連れてこられたのは、以前に怜央くんと一緒に来たことのある公園だった。
もしかすると、この地域を活動圏内とする若者たちの定番スポットになっているのかもしれない。
「じゃあ何? 吊った魚に餌はやらないってタイプ?」
「ちょっと待って、桃華ちゃんが何を言いたいのかさっぱりなんだけど」
道中に自動販売機で購入した水を飲んでいるうちに、少しだけ頭の中がはっきりしてきたような気がする。
けれど、久々に多量のアルコールを摂取した脳はまだしっかりと働いてくれてはいない。
「とぼけてるつもりならタチ悪すぎるんだけど」
「本当にわからないんだよ。桃華ちゃん、何か怒ってる?」
そう。出会い頭から、彼女は何だかピリピリとした空気を纏っているのだ。
以前に道端で出会った時にも怒っていたけれど、あの時には明確な理由があった。だけど、今の彼女との間には何のしがらみもないはずなのだ。
「ムカつく。レオのことほっぽってるクセに、他の男とは出掛けるのかって言ってんの!」
「……怜央くん? どうして、ここで怜央くんの話が出てくるの?」
どうやら、私のその言葉が彼女の地雷を踏み抜いてしまったらしい。
綺麗に整えられた眉尻を吊り上げた桃華ちゃんは、今にも私の胸倉を掴み上げるのではないかと思った。
「いい加減にしてよ! 桃華からレオのこと奪ってったくせに、何でレオのことを一番に考えられないの!?」
激昂する彼女を前に、私には桃華ちゃんの言わんとしていることが何一つとしてわからない。
怜央くんのことを奪ってなどいない。告白をされたとしても、彼との関係が進展することはなかったのだ。
彼のことを一番に考えたからこそ、今の私の日常があるのだから。
「待って、私と怜央くんはもう関係無いよ……? 会ってないし、連絡先も消しちゃったし」
そう告げた私の言葉に、今度は桃華ちゃんの方が理解が追い付かないという顔をしている。
「…………は?」
たっぷりと間を置いてから、桃華ちゃんはたった一言絞り出したような声を落とす。
「だから、怜央くんとはもう会わないって決めたの。前に桃華ちゃんにも言われた通り、ようやく現実が見えたというか……」
『夢見るのも楽しいけどさ、そろそろ現実見た方がいいよ』
恥ずかしいけれど、あの言葉で現実に引き戻されたのは事実なのだ。だからこそ、桃華ちゃんは喜ぶものかと思っていたのだけれど。
「意味わかんない……何考えてんの? レオのこと好きだったんじゃないわけ?」
「す、好きだったよ。でも、怜央くんは未成年で私はアラサーで、お互いのためにこれが一番の選択だと思ったの」
桃華ちゃんは、どうやら私が怜央くんに伝えた答えを知らないようだ。だとしても、どうしてこんな風に怒っているのかはわからない。
「桃華ちゃんの言う通り、独り占めしてるんだって夢を見せてもらえた。それだけで……」
「ハア!? 何言ってんの、バッカじゃないの!?」
「えっ……桃華ちゃん……?」
「レオのことが好きって言いながら、桃華に言われたからって簡単に諦めたわけ!?」
「桃華ちゃんに言われたことだけじゃないけど……」
もちろん、簡単に諦めたわけでもない。
だって、今でも怜央くんのことが好きなのだから。諦めが悪いという方が正しいのかもしれない。
「桃華ちゃんは、怜央くんのことが好き……なんだよね? だったら、ライバルは減った方が嬉しいんじゃないの?」
そうだ。喜ばれるか嘲られるか、そういった感情を向けられるのなら理解ができる。
なのにどうして、彼女は涙を溢れさせるほど怒りに肩を震わせているのだろうか?
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