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28:私の両親


「え……付き合う、って……その……」


「どこにですか? なんてベタなことは言わないでね。桜川さんに、僕の恋人になってほしいんだ」


 自意識過剰な受け止め方をしてしまっているかもしれない。

 そんな私の考えを先読みした先輩は、言葉の意味をきちんと私に伝えてくれる。


(うそ……茂木先輩が、私のことを……?)


 茂木先輩にとって私が恋愛対象になっていただなんて、考えてもみなかった事実に動揺してしまう。

 先輩はそれこそ引く手あまたで、わざわざ私なんかを選ぶ理由が無いと思っていたのだ。


 食事に誘ってくれたのだって、最初は様子がおかしい後輩を気遣っての優しさなのだと思っていた。けれど、先輩はこんな時にそういう冗談を言うような人物ではない。

 本気で言ってくれているのだ。


「あ、あの……私……」


「……驚いたよね。でも、返事はすぐじゃなくていいんだ。考えてみてほしい」


 優しい笑みを浮かべた先輩は、返事を急かすようなことはしなかった。


「それじゃあ、そろそろ出ようか」


「……はい」


 告白をした後も茂木先輩は普段通りで、私に気を使わせないよう店を出る提案をする。

 私は思いがけない告白に戸惑ったまま、先輩との食事を終えることとなった。


(茂木先輩が、私のことを好き……?)


 家に帰りついた私は、自分の身に起こった出来事がまだ現実なのだと受け止めきれずにいた。


 茂木先輩は素敵な人で、人望も厚くてイケメンで、気遣いのできる優しい人。同じ職場に勤めているとはいえ、私とは住む世界が違う人なのだと思っていた。

 だからこそ、自分がそんな対象になるだなんて考えたこともなかったのだ。


(けど……それは、怜央くんの時も同じだった)


『好きなんだよ、オネーサンのこと』


 姉を慕ってくれる弟のような存在で、好奇心が旺盛なだけで、恋愛対象として見られていたなんて想像もしなかった。

 だったら、これから私が茂木先輩を好きになる可能性もあるのだろうか?

 尊敬する先輩が、特別な人に変わるかもしれない。


『凛さんと、一緒にいられるから』


(気持ちを切り替えるのって、難しいなあ)


 先輩は真剣に想いを伝えてくれたというのに、私の心の中を占めているのはどうしたって怜央くんだ。

 そんなはずはないのに、あの時手を握ってくれた彼の熱が、まだそこに残っているような気がする。


(でも……前に、進まなきゃ)


 終わった恋を引きずり続けるのは、誰のためにもならない。気持ちを伝えてくれた茂木先輩に、私も真剣に向き合っていかなければ。


 ――ピンポーン。


「え?」


 そう私が決意を固めた時、室内に訪問者を告げるチャイムが鳴り響いた。


「えっ……お父さん、お母さん!?」


 玄関のドアスコープを覗いて確認した光景に驚きつつ、私は二人を迎え入れた。スマホに連絡が入っていた様子はないし、突然どうしたというのだろうか?


「久しぶりね、凛。元気そうで安心したわ」


「お母さんたちも元気そうだけど、急に来たりしてどうしたの?」


「何だ、急に来られてマズイことでもあったのか?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


 どうやら相変わらずらしい両親をリビングに通すと、二人にはソファーに座ってもらってお茶を淹れることにする。

 それをテーブルに並べると、私は向かいの床にクッションを敷いて腰を下ろした。


「近くまで来たものだから、ついでに凛の顔を見ておこうと思ったのよ」


「仕事は忙しくしてるのか」


「まあ、ぼちぼちかな。残業する日も多いけど、仕事自体は楽しいよ」


 軽い雑談を交わす中で、二人がただ私の顔を見に来ただけだとはどうしても思えなかった。

 父はずっと厳しく、母はその言いなり。決して親子仲が悪いというわけではないのだが、笑顔で鍋を囲む食卓というのも少し違う。


「……お前ももう26になるんだったか」


「うん、そうだけど」


 鋭い父の視線は今でも苦手だけれど、大人になってようやく向き合えるようになった。そんな私の前に、母が薄いアルバムのようなものを差し出してくる。


「なに、これ?」


「仕事もいいが、そろそろ身を固めていい歳だろう」


「お父さんのお知り合いの息子さんなんだけど、外科医をしてるんですって」


「…………は?」


 何か裏があるのではないか、その直感はどうやら当たっていたようだ。

 二人は私に、見合い話を持ってきたのだ。


「ちょ……っと待って、私お見合いなんてしないよ?」


 見合い相手の顔なんて見るまでもない。

 ご縁があればわからないが、そもそも私は見合いまでして結婚をしようだなんて考えていないのだ。縁が無ければそれまで。生涯独身を貫いたって構わないと思っている。


「何を言ってるんだ。就職以降浮いた話のひとつもないお前に、わざわざ良縁を持ってきてやったんだ」


「そうよ。条件も悪くないし、あなたにとっても理想的な人だと思うわ」


 私の意見など無視して話を進めようとする二人は、アルバムを開いて写真を見せてきた。

 写真の中の男性は、清潔感があって真面目そうなタイプに見える。外科医だと言っていたし、両親からしても私を嫁に出すには好条件の相手だったのだろう。


「理想的って、勝手に決めないで。それに、私は……っ」


 好きな人がいる。


 そう言いたいのに、私の意思とは裏腹に口が動いてくれなかった。

 それに、たとえ私が好きだと思っていたとしても、これはもう終わった話なのだ。


(終わってなかったとしても、認めてもらえるはずがない……)


 私の好きな人は、金髪頭の18歳未成年です。

 私の両親ではなかったとしても、そう聞いて快く迎え入れる親はそれほど多くない気がする。


「……もしかして、お付き合いしている人がいるの?」


「えっ!?」


 言い淀んだ私の反応を見た母が、そんな問いを投げ掛けてくる。その言葉に眉を寄せた父が、視線だけでそうなのかと聞いているのがわかった。


「つ、付き合ってる人はいない。……けど、告白を保留にしてる人はいる」


「どんな男なんだ?」


 終わった恋を振り返るよりも、今に目を向けなければならない。そう決意したのだから、私が向き合うべきは茂木先輩だ。


「職場の先輩で、凄く……いい人。仕事もできるし、優しくて、理想が服を着て歩いているみたいな人」


「そんな相手がいるんなら、どうして保留になんかしてるんだ」


「それは……今まで、先輩のことそんな風に見たことなかったから」


 口にしたことは嘘ではない。

 多くの女性たちにとって、茂木先輩は恋人として、恐らく夫としても理想的な人だろうと思う。


 結婚を考えるのなら、きっと早い方がいい。私を好いてくれているのだから、父の言う通り、先輩との将来を考えていく方が現実的だ。


「それなら、その先輩に誠実に応えなさい。それができないなら、父さんの紹介する相手と見合いをしろ」


(ああ……相変わらずだな)


 何をするのだって、常に上を目指さなければならない。26歳になって、まだ結婚をしていない娘のことが恥ずかしいのだろう。


「……ちょっと、トイレを借りるぞ」


 返事をしない私に機嫌を損ねたのかもしれない。立ち上がった父は、玄関の方にあるトイレへと向かっていった。


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