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27:先輩の気持ち


「桜川さん、週末って空いてたりしない?」


「週末ですか? 特に予定は無いですけど」


「じゃあ、ランチでもどうかな?」


 自分のデスクでサンドイッチを食べながら昼休憩をしていた私に、茂木先輩がそんな提案をしてくる。

 怜央くんとのことがあってすっかり失念してしまっていたが、そういえば先輩と食事に行く約束をしていたのだ。本来なら、私の方から誘わなければならなかっただろうに。


「大丈夫ですよ。あ、気になっていたお店があるので、そこでもいいですか?」


「いいよ。桜川さんの気になってるお店なら、僕も楽しみだ」


 茂木先輩との約束のために、いくつか候補になりそうなお店自体は探してあった。

 ランチとディナーどちらになるかはわからなかったので、どちらも営業しているお店に絞っておいて正解だ。


「それじゃあ、場所とかはまた改めて連絡を……あ」


 そこまで言って、そういえば茂木先輩とは個人的に連絡先の交換をしていなかったことを思い出す。

 これまでは先輩と食事に行くような機会もほぼ無かったし、用件は会社の中で直接伝えれば事足りていたからだろう。


「これ、僕のLIMEのID。この間食事した時に交換しておいたら良かったね」


「ありがとうございます。登録したら連絡しますね」


 こうなることを見越して、先輩は事前に自分のIDをメモしておいてくれたのだろう。もしかすると、食事をしていた時に交換するつもりだったのかもしれない。


(あの日は私が先輩との食事に集中してなかったから、気を使ってくれたのかな……?)


 忘れないうちにと連絡先を登録して、茂木先輩にもフレンド申請を送る。

 少ししてから申請を承認してくれた先輩は、『茂木です、よろしく』と短いメッセージを送信してくれた。


 これまでは西条さんに会話を中断されてしまうこともあったけれど、今後はその心配も無くなるだろう。

 そこからはまた、いつも通りの生活だ。先輩と約束をした週末までの間、私の生活に特に大きな変化が訪れることはなかった。




 そうして迎えた土曜日。

 先輩と休日に顔を合わせるのは初めてのことなので、服装に気合いを入れすぎるのも何だか恥ずかしい。

 悩んだ末に、モスグリーンのワイドパンツに黒のリブニットのトップスを選択した。


(先輩は……あ、いた)


 待ち合わせ時間の十分ほど前。駅前にひと際目立つ背の高い男性の姿を見つけることができた。

 白のハイネックに黒のロングコート。シンプルな色合いなのに、素材の良さが引き立っている。

 傍を通り過ぎる女性たちも、チラチラと先輩の方を見ながら頬を染めているのがわかった。


(茂木先輩、やっぱりモテるんだよなあ)


 そんなことを思いながら、近寄りがたさを感じていたのだけれど。


「……あれ、桜川さん? 早かったね」


「茂木先輩、こんにちは」


 顔を上げた先輩に見つかってしまったので、私は小走りにそちらへと駆け寄った。


「こうして休日に会うのって初めてだから、なんかドキドキしちゃうな」


「ふふ、私も先輩の私服姿って新鮮です。いつもはスーツだから」


「……こういうのって、嫌いじゃない?」


「? 素敵だと思いますけど」


「そっか、良かった」


 先輩も、服装に悩んだりしていたのだろうか?

 感じたそのままを告げると、茂木先輩は安心したような笑顔を見せた。


「それじゃあ行こうか。桜川さんが調べてくれたお店、確かこっちだったよね?」


「そうです。もしかして、先輩も調べてくれたんですか?」


「そりゃあ、念のために調べておいた方が迷子にならずに済むかと思って」


 スマホで地図を表示しようかと思っていた私は、先導して歩き出そうとする茂木先輩に驚く。

 本来なら私が案内すべきところを、事前に調べて道順まで把握してくれていたなんて。


「それに、楽しみだったからさ。桜川さんとこうして出掛けるの」


 私服姿でも爽やかな先輩は、お店に着くまで私の歩調に合わせて歩いてくれていた。


(先輩って絶対モテるのに、彼女いたりしないのかな……?)


 会社での人気ぶりを見たって、周囲の女性たちが放っておかないはずなのだが。

 先輩の場合、特別な相手がいたら誤解されるような行動はしないような気がする。

 だからきっと、付き合っているような相手はいないのだろう。そうじゃなければ、貴重な休日のランチを私に費やすはずがないのだ。


 私が選んだのは、レトロでアンティークな雰囲気が人気の洋風レストランだ。

 若い子が多く賑やかなお店よりも落ち着いた客層で、料理の味についての評価も高いことはリサーチ済みである。


 評判通り、注文した料理はどれも美味しかったし、どこか懐かしい味わいを感じさせてくれた。

 茂木先輩も満足してくれたようで、このお店を選んで良かったと思う。


「素敵なお店だね。さすがは桜川さん。センスあるよ」


「いえ、ネットでも評判が良かったので。私も一度来てみたいなと思ってたんです」


「そういうお店、もっと知りたいな。桜川さんセレクション」


 食後のコーヒーを楽しみながら、茂木先輩はそんなことを言う。

 私にセンスがあるわけではないけれど、選んだお店を褒めてもらえるのは悪い気はしない。


「じゃあ、ピックアップしてLIMEに送りましょうか?」


「それもいいけど……僕はまた、桜川さんと一緒に行きたいな」


「私と……ですか?」


 他の人との食事や、デートにも使ってもらうことができるかもしれない。

 そう思っての提案だったというのに、茂木先輩はどうして私と一緒がいいだなんて言うのだろうか?


「今日はね、念願叶って嬉しかったんだ。ずっと、桜川さんと一緒に出掛けたいと思ってたから」


 そう言うと、茂木先輩は手にしていたカップを置いて姿勢を正す。


「桜川さん。僕と、付き合ってもらえませんか?」


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