23:出会い日和
怜央くんとの遊園地デートの日以来、私は何だかずっとふわふわとした気持ちだった。
仕事に集中して、友達の幸せを見守って、たまに小さな楽しみを見つけて。
私の人生なんてそのくらいで丁度いいだろうと思っていたのに、気がつけば嬉しいことばかりが溢れてしまっている。
怜央くんにきちんと返事をしなければいけない。ずっと自分の気持ちから逃げ続けてきたけれど、私はとうとう観念することにした。
(私は、怜央くんのことが……好きだ)
自覚をするのが遅かっただけで、多分もっと前からその感情は生まれていたのだろう。それを伝えるのはとても勇気がいるし、緊張する。
けれど、そうすると決めたのだからもう逃げ出してはいけない。
『凛さん、今日残業? 時間あったらちょっと会いたい』
タイミング良く、スマホに怜央くんからのメッセージが届く。
善は急げというし、この流れに乗って決めたことをやり遂げろという天からのお告げかもしれない。
『大丈夫。あの自動販売機のところでいいかな?』
『りょ。楽しみにしてる』
彼と最初に出会った自動販売機の前。
今日は早く仕事を切り上げられそうだったので、約束を取り付けた私は就業時間までひたすら仕事に打ち込むことにした。
「……あれ」
「あ」
まさかの定時で上がることができた私は、余計な仕事を押し付けられないうちにと会社を出ることに成功した。
怜央くんとの待ち合わせまでは時間があったので、少し駅の方をブラついて時間を潰そうかと思ったのだが。
恐らく学校帰りなのだろうか? 制服姿の女子高生がいると思ったら、桃華と呼ばれていたあの女の子だった。
「こ、こんにちは?」
一応は顔を知っているので素通りするのも失礼かと思い、挨拶をしてみたのだけれど。
私の顔を見るや否や、彼女は不快感や敵意といった感情を隠そうともせず私にぶつけてくる。
「お姉さん、レオと一緒にいた人だよね? この辺で仕事してたんだ」
「うん。えっと、桃華ちゃんは……学校帰りかな?」
「そうよ。学生だもん、制服見たらわかるでしょ」
この間はもう少し明るくて可愛らしい子に見えたのだが、別に友人ではないのだしこんなものだろうか?
「……お姉さんって、レオのお客じゃないの?」
急な問いかけに思考が一瞬遅れてしまうが、お客というのはレンタル彼氏のバイトのことだろう。
先日は怜央くんが直接否定をしてくれたとはいえ、疑われてしまうのも無理はないのかもしれない。
「うん、そうだよ。怜央くんがレンタル彼氏のバイトしてるっていうのも、この間知ったばかりで……」
「ありえない!」
「え?」
私の言葉を遮る彼女は、明らかに怒りの感情を溜め込んでいるように見える。
「お客じゃなかったら何だっていうの? まさか、レオの彼女だとか言わないよね?」
「か、彼女じゃないけど……」
今は彼女ではない。けれど、今日はこれから怜央くんに私の気持ちを伝えに行くつもりだったのだ。
怜央くんからは告白されているのだし、私が好きだと伝えれば彼女ということになるのだろうか?
「だよね。お客としてだってどうかと思うのに、まさかそこまで身の程知らずじゃないか」
「身の程知らずって……」
「だってそうでしょ? レオはプロ彼氏だから勘違いしてもしょうがないけど、お姉さんってアラサーくらい? そんな人が未成年に本気になるって恥ずかしいじゃん」
痛いところを突かれて、私は言葉が見つからなくなってしまう。
彼が真剣に向き合ってくれているからと、そのことばかり考えていたけれど。私は大人なのだから、現実を見て物事を考えていかなければならないのだ。
「桃華はレオと中学時代からの同級生だし、お姉さんが知らないレオのこともたっくさん知ってる」
同じ学校の生徒かもしれないと思ったこともあったが、中学時代からの知り合いなのか。
若さだけではなく実際に可愛い彼女からは、満ち溢れる自信が伝わってくる。
「それに、桃華だってレオと何回もデートしてるよ。もちろん、レンタルじゃないからお金も払ってないし」
「え……?」
怜央くんは、彼女の話をした時に誤解だと言っていた。
それは、バイトのお客さんの一人だからだと解釈していたのだけど。桃華ちゃんの口振りは嘘をついているようには思えない。
「だって、そもそも高校生は利用できないんだよ? レンタル彼氏」
そういえば、怜央くんのバイト自体もリューさんが融通をきかせてくれていると話していた。
それならば客として利用する側だって、年齢制限が設けられているのも理解できる。
そうだったとすれば、怜央くんはバイトではなく、彼の意思で桃華ちゃんとデートをしていたことになるのか。
「自分だけ特別扱いって思ったのかもしれないけど、残念だったね。でも、レオを独り占めしてるって夢見られただけ良かったでしょ」
怜央くんはそんな人ではない。そう思う一方で、確かに都合のいい夢を見ていたのかもしれないとも思う。
非日常に酔いしれて、見たくないものを見ないようにしていたのは事実だ。
「夢見るのも楽しいけどさ、そろそろ現実見た方がいいよ。それじゃ桃華行くから。バイバイ、お姉さん」
一方的に言われるまま、言い返すこともできずに私は彼女の背中を見送っていた。
一番最初にお似合いだと思った。その事実がすべてなのではないだろうか?
怜央くんと恋人になろうだなんて、私は物事を冷静に考えることができなくなっていたのではないだろうか?
ふらふらと歩き出した私は、すぐ傍を通り過ぎる通行人に肩をぶつけてしまう。
「っ……すみません」
「いや、気にすん……あれ、アンタもしかしてあの時の嬢ちゃんか?」
「え……?」
相手の顔も見ずに通り過ぎようとした私は、どこかで聞いた覚えのある声に立ち止まる。
(今日は、出会い日和なんだろうか)
私がぶつかってしまった相手は、怜央くんの保護者・リューさんだった。
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