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22:寄り道


「はー、帰りたくねえな」


 遊園地のゲートを潜れば、一気に現実に引き戻される気がして名残惜しい。

 けれど、未成年の怜央くんをこれ以上連れ回すわけにはいかないし、遊園地は遊び尽くしたのだ。


「でも、楽しかった。久々の遊園地だったけど、怜央くんと来られて良かったよ」


「オレも。あのさ、次のデート……」


「あれ、レオじゃん!?」


 彼が何かを言いかけた時、私ではない第三者がその名前を呼んだ。


「……桃華(ももか)


 男女複数人で歩くグループの中を抜けて駆け寄ってきた一人の女の子に、私は見覚えがあった。

 桃華と呼ばれたその女の子は、以前怜央くんと一緒にいたツインテールの彼女だ。


「レオも遊園地来てたんだ? 連絡くれたら一緒に遊べたのに~! ……って」


「こ、こんにちは」


 怜央くんのことしか視界に入っていなかったらしい彼女が、ようやく私の存在に気がつく。

 とりあえずの挨拶をしてみたものの、私と怜央くんの顔を交互に見た彼女の視線は、次いで繋がれたままの手元に注がれる。


「あ~、そっか。レンタル中だったんだ? 日曜なのに大変だねえ」


 恋人同士になんて見えないであろうことは、最初からわかっていたというのに。

 悪気のないであろう純粋な言葉に、ショックを受けている自分が恥ずかしくて仕方なかった。

 彼女のいたグループも同年代の若者ばかりで、不思議そうにこちらを見ている。


 早くこの場から逃げ出してしまいたい。そう思った私の手を、怜央くんが強く握り直した。


「レンタルじゃねえよ、今日はプライベートだから」


「……え?」


 何を言われたのかわからない。

 そんな様子で呆然としている彼女に構うことなく、私は怜央くんに手を引かれるまま歩き出すことになってしまう。


「れ、怜央くん……! 良かったの?」


「何が?」


「何がって、彼女のこと……」


 レンタル彼氏を利用しているお客さんだとはいえ、親しげな彼女にあんな態度で別れて良いのだろうか?


「オレは凛さんとデート中。それ以外に優先することねえよ」


 さっきといい、今といい、怜央くんはそれが当たり前のように言ってのける。

 これ以上私のことを喜ばせたって、もう私の胸の中はとっくにいっぱいいっぱいだというのに。


「……あのさ、ちょっとだけ時間いい?」


「いいけど……どうしたの?」


「ちょっと、付き合ってほしい場所がある」


 怜央くんの目的地は、遊園地から最寄り駅へ帰る少し手前の駅にあった。

 行き先を教えてくれないままの彼に着いていくと、辿り着いたのはそれほど敷地の広くはない墓地だ。

 この場所が見えた時点で、もしかしたらと思ってはいたのだけれど。


「よお。来たよ、母さん」


 怜央くんが立ち止まった先。墓石に刻まれているのは、彼と同じ『春海』という苗字だった。


「い、言ってくれたらせめてお花くらい買ってきたのに……!」


「いいよ、母さんそういうの気にしねえし」


「私が気にする……! えっと、怜央くんのお母さん、初めまして。桜川凛と申します……!」


 予定に無かったとはいえ、こんなにカジュアルな格好をして、しかも手ぶらで。

 せめてご挨拶だけはと思って私は名乗りながら深く頭を下げる。

 頭上で怜央くんが笑った声が聞こえた気がしたけれど、このくらいしたって構わないだろう。


 隣で手を合わせる怜央くんに(なら)って、私もお墓に手を合わせて目を閉じる。

 線香も無いのだし、私はひたすら頭の中で彼のお母さんにお詫びを連ねていた。


「今日はさ、伝えときてえことがあって寄ったんだよ」


 怜央くんの声が聞こえて瞼を持ち上げると、彼は真っ直ぐにお墓の方を見つめている。私ではなく、お母さんに向けて話しかけているのだとわかった。


「母さん、オレ大事なひとができたよ」


「っ……」


 自意識過剰かもしれない。そう思う反面、それは私のことを指しているのだと理解した。


「今はまだ片想い中なんだけどさ、母さんにも胸張って紹介できる」


 穏やかで優しいその声音は、怜央くんが本当にお母さんのことを大好きなのだと伝えてくる。


 お墓はとても綺麗に掃除されていて、供えられた花も鮮やかな色をして咲いている。

 リューさんや他に関わりのある人も訪れているのかもしれないが、きっと怜央くんも頻繁にこの場所へやってきているのだろう。


(怜央くんのお母さん……彼は、とても優しくて素敵な男性に成長しています)


 彼に惹かれているということは、どうしても伝えられなかった。

 それでも、怜央くんに貰った幸せを少しでも伝えることができたら……そんな風に思う。



 ◆



「連れてきてくれてありがとう」


「いや、急で悪いと思ったけど。どうしても、お袋に凛さんのこと紹介しときてえと思ったからさ」


 親に紹介したいと思えるくらい、怜央くんは本気で私のことを想ってくれている。

 その気持ちが伝わっているからこそ、私も彼に真剣に向き合う必要があると思っていた。


Next→「23:出会い日和」

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