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21:感情の向かう先


 ジェットコースターにバイキングにお化け屋敷。コーヒーカップに空中ブランコにゴーカートまで。

 遊園地の定番と呼ばれるようなアトラクションは、ほぼ制覇したと思う。


 始めは乗るのが気恥しかったアトラクションも、確かにあった。

 それでもせっかく来たんだから楽しまなければ損だという怜央くんにつられて、周囲の目も気にならなくなっていた。


「最後はやっぱ、アレだよなあ」


 そう言って二人で見上げた先にあるのは、この遊園地のウリの一つでもある巨大観覧車だ。

 一周が大体十五分程度だと書かれているので、並び疲れた足を休めるのにも、締めくくりとしても丁度良い。


 順番を待ってゴンドラへと乗り込んだ私は、外が夕焼けに染まり始めていることに気がついた。


「今日はなんだかあっという間だった。もうこんな時間になってたんだね」


「楽しかったし、時間過ぎんのが早く感じたのかもな」


 地上からゆっくりとした速度で離れていくゴンドラは、次第に園内を見下ろせる高さになっていく。


「ちょっとはしゃぎすぎてなかったかな? お化け屋敷とか、叫びすぎて後ろのお客さん驚かせちゃったし」


「いいんじゃね? オバケ側は脅かし甲斐があっただろ」


「怜央くんも途中で叫んでたよね」


「……それは、オレもオネーサンの声にビビったんだよ」


「ホントかなあ?」


 ニヤニヤと笑いながら疑惑の眼差しを向けると、怜央くんが靴の先で私のスニーカーを軽く蹴ってくる。

 仕返しとばかりに同じことをやり返すと、怜央くんが思わずといった笑みを漏らした。


「オネーサンのさ、そういうたまにガキっぽいトコ好き」


「なっ……!? 怜央くんだって子どもっぽい時あるけどね」


「じゃあ普段は大人っぽいとか思ってんだ?」


「それは……話を逸らされてる」


「ハハ、逸らしてねーよ。オネーサンにそう思われてんなら嬉しいって話」


 告白を受けて以降、怜央くんはますます素直に好意を伝えてくるようになった気がする。

 こんな風に好意を向けられることに慣れていない私は、こんな時どうしたらいいかわからなくなってしまうのに。


「……怜央くんってさ、感情表現ストレートだよね」


「ん、そう?」


「うん。初めて会った時からそうだったけど、真正面からくるなって」


「…………」


 きょとんとした顔で私を見ていた怜央くんは、それからどうしてだか困ったように窓の外へ視線を移す。

 もしかしたら、何かまずいことでも言ってしまったのだろうか?


「あの、怜央く……」


「オレの話、聞いてくれる?」


 そう呟く彼の視線が捉えているのは、外の景色ではないような気がした。


「この間、親の話しただろ? 母子家庭だったのもあるけど、オレ結構お袋のこと好きだったんだよね」


 窓枠に肘を置いて頬杖をつく怜央くんは、お母さんの姿を思い出しているのだろうか?


「けど、反抗期入ってからまともに会話もしなくてさ。最初は喧嘩して謝ったりもしてたんだけど、段々どう声掛けていいかわかんなくなっちまって」


 多くの人は幼少期と思春期の二回、反抗期を迎えるといわれている。怜央くんが言っているのは、思春期の反抗期のことなのだろう。


「そのうち、お袋がブッ倒れちまって。目ェ覚ますこともなくあっさりお別れ」


「そうだったんだ……」


「……棺桶入ったお袋の顔見て後悔した。感謝とか色んなもん、思ってたこともっと伝えときゃ良かったって」


 怜央くんのお母さんが亡くなったのは、中学に入った頃だと話していた。まだ幼いと言っていい時期に、早すぎるお別れ。

 どれほど辛かっただろうかと想像するだけで、自分のことでもないのに胸が締め付けられる思いがした。


「そっからかな。思ってることは全部口にしてやろうって、人を褒めるようになったの」


 そうか。怜央くんはお母さんとの辛い経験があったからこそ、真っ直ぐに気持ちを伝えるようになったのか。

 また明日にすればいいと。先延ばしにした明日が来ない可能性を知っているから。


「バイトのお客さんもそうだけど、褒めるとスゲー喜んでくれるんだよな。褒められて嫌な思いする奴って、多分そんな多くないだろ?」


「確かに、大抵は嬉しいって思うよね」


 実際、私だって何度も怜央くんに褒められて、認められて……嬉しい気持ちを貰っている。


「だよな。だから、向いてるバイトでもあると思ったんだよ。最初はいい顔してなかったリューさんにも、筋がいいって褒められたし」


 だけど、私はあることに気がついてしまった。

 私やお客さん。色んな人を褒めている怜央くんは、自分のことを褒めるような言動はあまりしていないのだ。


 パンケーキ店で私を庇ってくれた時も、女の子の風船を捕まえてあげた時も。

 私が正しいことをしたと言うだけで、力を貸した自分のことには触れようとしなかった。

 彼の性格上、わざわざ自慢をしないだけなのかもしれない。

 だとしても、もしかすると怜央くんは後悔をし続けているのかもしれないと思った。


(お母さんに酷いことをしてしまったって、後悔し続けて……人の良いところを肯定することで、過去の自分を罰してるのかな)


 私の考えすぎかもしれない。

 もしも当たっていたとしても、怜央くんを罰する理由なんてどこにもないというのに。


「そんな感じだから、オレが感情表現ストレートな理由。湿った話しちまって悪い」


「ううん。話してくれてありがとう」


 私とは真逆で、人生をとても器用に生きている人なのだと思っていた。


(だけど、ホントは違うのかな?)


 誰だって、他人には話していないような苦しみや傷を抱えて生きている。その数や大きさに違いはあるかもしれないけれど。

 無意識のうちに自分自身を傷つけているのかもしれない。彼の心の内側を知る人はどのくらいいるのだろうか?


「……怜央くん、私ね」


「うん?」


「人生って、良いことと悪いことが同じだけ起こると思ってるんだ」


 その割合が、どれほどのものかはわからない。

 この先を彼が生きていく中で、起こる悪いことがあとどのくらい残っているのかなんて、知る由もない。


「だから……怜央くんのこれからの人生には、目一杯の良いことだけが起こればいいって……そう思うよ」


 先はきっとまだまだ長いだろうけど、悪いことはもう全部過ぎ去っていればいい。

 そうでないのなら、彼に訪れる悪いことの残りは全部私が引き受けるから。


「……そんなの、もうとっくに起こってる」


「え……?」


 何を夢みたいなことを言っているのかと、からかわれてしまうかと思った。

 けれど、柔らかく微笑んだ怜央くんが、そっと私の手を取る。


「凛さんと、一緒にいられるから」


(私といることが、怜央くんにとっての良いことになる……?)


 そんなことはありえない。

 そう思うのに、目の前の怜央くんが本当に幸せそうに笑うものだから、自然と顔が熱くなるのを感じる。


「それは……多分、私じゃなくても、この先もそんな風に思える人が現れるよ」


「そんなことねーと思うけど」


「れ、怜央くんはさ。私みたいなタイプが珍しいだけで、なんていうか……そう! 好奇心みたいなものを勘違いしてるんじゃないかな?」


「好奇心、か……確かにそうかもしんねえな」


 告白をされたとはいえ、どうしたって10代の彼がアラサーの私に本気になるなんて思えない。

 一時的な気の迷いであるのだということを、大人として教える義務があるだろう。

 そんな風に自分に言い訳をしていた私の言葉を、怜央くんはすんなりと肯定する。


(やっぱり、ちょっとは自覚あったんだ……?)


 残念に思うことなどないというのに、そう言われた私は肯定されたことに対して落胆を覚えている。

 自分勝手だとわかってはいるが、私の方が大人なのだから現実を知らせるのは早い方が良い。


「好奇心、尊敬、信頼……それから愛情。どれも当てはまる」


 なのに、彼はあっさりと私の想像の上をいってしまう。


「多分さ。凛さんがオレの感情全部、奪ってっちゃったんだよ」


「奪ってなんか……」


「だってさ、オレん中にある気持ち全部凛さんに向いてんだもん。そのまま、他のトコなんか向こうともしねえの」


 こんなに必死に、私が逃げ道を作ろうとしているというのに。


「だから、凛さんの中にある気持ちも全部、オレにだけ向いてりゃいいのにって思ってる」


「怜央くん……」


「今だけでいいから、オレに凛さんのこと独り占めさせてよ」


 彼は始めから、そんな逃げ道など存在していなかったような顔をして笑うのだ。


 それ以上言葉を紡ぐことができない私は、沈黙のままゴンドラが地上に戻るのを待つしかない。

 怜央くんもそれ以上何かを伝えてくることはなくて、地面に足を着ける頃にはすっかりいつもの彼に戻っていた。


Next→「22:寄り道」

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