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19/41

19:次の約束


『おはよ、オネーサン』


『おはよう、怜央くん』


 設定したアラームよりも、少しだけ早く目覚めた朝。

 私が起きるタイミングを見計らったかのように鳴る通知音に、スマホを見ると怜央くんからのメッセージが届いていた。

 既読スルーはせずに、ちゃんと挨拶を返すことにする。


(また、オネーサンに戻ってるんだ)


 名前呼びに変わるかと思っていた呼び方は、結局オネーサンで継続のようだ。

 けれど、そのことにもうモヤモヤとした感情を抱くことはない。


(怜央くん、可愛かったな)


 顔こそはっきり見ることはできなかったものの、確実に照れているらしいことがわかった昨日。

 私は確かに、怜央くんに異性として惹かれているのだということに気がついた。


 彼が未成年であることや、年齢差などは一旦置いておくことにして。

 はっきりと好きだという気持ちを伝えてくれたことに、嬉しいと感じている自分がいる。


「私……怜央くんのことが好きなのかな」


 嬉しいと思う反面、私は自分自身の気持ちがどこにあるのか、はっきりとした確信を持てずにいた。最後に恋愛をしたのなんて、大学生の時だったのだ。

 元カレにフラれてからは仕事一筋で、異性に対して特別な感情を抱くような暇などなかったのだけれど。


「あれ、また怜央くんからだ」


 再びの通知音に画面に目を落とすと、トークルームの一番上には怜央くんの名前がある。


『次の日曜、デートしよ』


『この前のは、デートだって意識してなかっただろ?』


『だから、リベンジ』


 そこに書かれていたのは、新たなデートのお誘いだった。

 怜央くんの言うように、前回は異性とのデートという認識ではなかったので、何だか妙に緊張してしまう。


『わかった、じゃあ次の日曜ね』


 悩みはしたものの、誘ってもらえたことは素直に嬉しかった。まずはその気持ちに従ってみようと思った私は、怜央くんに承諾の返信を送る。


「デート、かあ」


 前回は服装を指定されていたけれど、さすがに同じ服装で出掛けるわけにはいかない。

 またコーディネートを考えなければと思いながら、私はふとリューさんと呼ばれていた男性のことを思い出す。


(リューさんは、私のことどう思ったんだろう……?)


 あの時は状況を把握できていなかったとはいえ、実質彼の親と顔を合わせたようなものなのだ。

 ロクに挨拶をすることもできなかったが、レンタル彼氏としての仕事はリューさんの紹介だと話していた。


 それならば、私は一体どういう関係の人間だと思われていたのだろうか?

 もしかすると、失礼な態度を取ってしまっていたのではないか。


 そんなことを考えていると、怜央くんからの返信が届いていた。


『日曜、スゲー楽しみにしてる』


 送られてくるスタンプは、また見たことのない種類のものだ。新しく購入したのかもしれない。


(浮かれてる、のかな?)


 リューさんのことは、考えても解決する問題ではない。まずは日曜の約束に向けて、しっかりと仕事に集中しようと決意した。


「桜川さん、おはよう」


「あっ、茂木先輩! おはようございます……!」


 普段通りの時間に出社したはずの私は、オフィスの中にすでに人影があることに気がついて驚く。

 一番乗りだと思っていたのに、そこには自分のデスクに座る茂木先輩の姿があったのだ。


 私は昨晩の出来事を思い出して、自分の席に鞄を置くと茂木先輩のところへと向かう。


「あの、昨日はすみませんでした。きちんと挨拶もしないまま別れてしまって」


「大丈夫だよ、急だからびっくりはしたけど。……彼ってさ、桜川さんの知り合い?」


「はい、偶然通りかかったみたいで。いつもはあんな風に失礼なことしないんですけど」


 いつもは、というほどまだ怜央くんのことをすべて知っているわけではない。

 それでも春海怜央という人間は、不良じみた見た目とは違って、礼儀の無い人間ではないと思っている。


(『アイツ』とか言いそうなのに、先輩のことも『あの人』って言うんだよね)


「……もしかして、最近元気が無かったのって、彼が原因だったりする?」


「え?」


「昨日までと違って、今日の桜川さんはいつも通り元気そうに見えるから」


 やはり、自分で気づいていないだけで顔や態度に出てしまっているのだろうか?

 現に怜央くんとの間に抱えていた問題は解消したし、普段通りに戻ったといえばそうなる。


「原因、というか……私がちょっと勘違いをしてて。昨日は、彼が誤解を解きに来てくれたんです」


「そうなんだ」


「……茂木先輩?」


 先輩は、私の方をじっと見つめたまま何かを考える仕草をしている。

 そうして椅子から立ち上がると、視線の高さが逆転したことで私が先輩を見上げる形になった。


「あの子が彼氏……ってわけじゃないよね?」


「へっ!? や、違います! 先輩ってば、何言い出すんですか!」


「アハハ、そうだよね」


 思いがけない質問に慌てて否定してしまったが、私の脳裏には昨晩の怜央くんの真剣な瞳が浮かび上がる。


『好きなんだよ、オネーサンのこと』


 怜央くんは、そういう意味で私のことを好いてくれている。

 彼氏でないという言葉に嘘はないが、それは私の怜央くんに対する返答次第なのではないだろうか?


「ちょっと桜川さん! こんな早くに来ているなら、そこの花瓶の水くらい新しくしたらどう!?」


「あっ、西条さんおはようございます! すぐやりますね」


「……茂木くんも、こんな時間に出社してるなんて珍しいわね」


「おはようございます。たまには早起きも悪くないかなと思ったので」


 茂木先輩までいるとは思っていなかったのだろうか、西条さんは何だか難しい顔をしている。

 私は自分のデスクに向かう西条さんの後を追うように、指示された花瓶の水を取り替えに向かおうとしたのだが。


「桜川さん」


「わっ……!?」


 私のことを小声で呼ぶ茂木先輩が、急に腕を引いたので足元がふらついてしまった。

 先輩はそんな私の背中を支えてくれたのだけれど、必然的に近くなった距離に戸惑う。


「食事の約束、覚えてるよね?」


「え? ……ああ、はい。もちろんです」


「良かった。それじゃあ、今日も仕事頑張ろうか」


 西条さんに気づかれないようにだろうか?

 耳元で囁かれた低音にドキドキとしてしまったものの、腕を離した茂木先輩は相変わらずの爽やかな笑顔で私を送り出してくれた。


Next→「20:繋ぐ手の温度」

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