18:キミの好きなひと
「そ、そっか。私の早とちりだったんだね……! すごくお似合いだったから、まさかバイトだなんて思わなくてさあ!」
安心したことを何となく悟られたくなくて、私は必要以上に大きな声で返してしまう。
弟を奪われて寂しい気持ちになってしまったなんて、とてもじゃないけど恥ずかしくて知られるわけにはいかない。
「お似合いとか思われても、嬉しくないんですけど」
当の怜央くんはといえば、なぜだか口先を尖らせて私の方を睨みつけている。
可愛い女の子とお似合いだと言われたら、普通は嬉しいものではないのだろうか?
「オネーサンてさ、ちょっとニブすぎねえ? もしかして、あの先輩にもそういう態度取ってるわけ?」
「え、先輩って……どうしてここで茂木先輩のことが出てくるの?」
「ハア……こりゃダメだ、マジで言ってんのか。けど、だからあの人に奪られずに済んでんのか……?」
項垂れてしまった怜央くんは、何やらブツブツと言葉を吐き出している。
私の頭の上はクエスチョンマークで埋め尽くされているが、ニブいだなんて言われるようなことをした覚えがないのだから仕方ない。
「ニブいオネーサンも悪くはないと思うけどさ、こっちは気が気じゃねえんだわ」
「怜央くん……?」
「オレさ、バイト以外じゃ筆不精なんだよ。だから、何か用件ある時は必要最低限で済ませちまうの」
「え、そうなんだ?」
「そう。文字打って雑談とかスゲー苦手だし、スタンプなんか一つも持ってなかったわけ」
続けられる怜央くんの言葉を聞きながら、私の中で徐々に違和感が膨らんでいくのがわかる。
筆不精だというけれど、出会ってから私が連絡を止めてしまうまでずっと、怜央くんは欠かさずに連絡をくれていた。
文字での雑談が苦手だというけれど、メッセージの内容なんて大半が雑談だった。
スタンプなんて、それこそ毎回違う種類のものが送られてきていた。
「ここまで言ったら、さすがのオネーサンも気づくよな?」
わからないフリをしようとしたのだけれど、私の手を握る怜央くんの体温がそれを許してくれない。
「好きなんだよ、オネーサンのこと」
面と向かって告げられた好意から、目を逸らすことができない。
握られた手に大した力なんて入っていないというのに、私はその手を振りほどくことができずにいた。
「好き、って……」
「もちろん、恋愛対象として。ライクじゃなくてラブの方。わかるだろ?」
「わかるけど……だって、何で私なの……? 怜央くんなら、周りにもっといろんな女の子いるでしょ」
彼は現役の高校生で、異性と接するバイトもしていて、普通にしていたって出会いなんて山ほどあるはずだ。
わざわざ私みたいな年上の女を選ぶメリットも無ければ、好きになられるようなことをした覚えもない。
「他がどうとか関係無い。何でって、それこそなんでだよ? オネーサンじゃダメな理由ってなに?」
「理由は……8つも年上だし、怜央くん未成年だし」
「10以上離れて結婚してるカップルだっているだろ。じゃあ、オレが成人したら?」
「成人したら……」
彼の言う通り、二桁の年齢差で結婚をしているカップルだって存在しているのは知っている。
彼が未成年だという理由でそれを認めないというのなら、怜央くんが成人した後ならどうなるのだろう?
(ダメな理由……どうして思い浮かばないんだろう)
怜央くんのことを嫌いなわけではない。
もしも私が学生だったなら。もしくは、彼が今の時点で成人していたとしたら。
ダメだというだけの理由が、考えても出てこない。
「……いいよ、オネーサンがどう思っててもさ」
私の困惑を感じ取ったのかもしれない。
怜央くんはそれ以上答えを引き出そうとせずに、触れていた体温がそっと離れていくのを感じた。
「どう思っててもいいけど、オレがオネーサンのこと好きなのは自由だろ?」
「それは……まあ」
「だったら今はそれでいい。オレのことちゃんと意識してくれただろ? なら、それで十分収穫だし」
怜央くんの言うように、私は彼のことをはっきりと意識してしまっている。ほんの少し前まで、弟ができたようだなんて考えていたはずなのに。
握られた手の大きさも、声の低さも、真剣な瞳も。彼は確かに、男の人なのだ。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ。電車逃してオネーサン困らせるわけにいかねーし」
「う、うん」
気づけば、結構な時間が経過してしまっていた。
一気に詰め込まれた情報の整理が追い付かない中で、私はふとあることを思い出す。
「……ねえ、怜央くん」
「ん? なに」
前を歩き出した背中に声を掛けると、怜央くんは嬉しそうにこちらを振り返る。
「さっき、名前で呼んでくれたよね? 私のこと」
いつもはオネーサンと呼ぶのに、茂木先輩との間に割って入ってきた時、確かに名前を呼ばれたのだ。
すぐにまたいつもの呼び方に戻ってしまったので、思い出すのが遅くなってしまったのだけど。
「何でまた、オネーサンに戻ったのかな……って」
確かに名前を教えたはずなのに、彼はまるで知らないことだというかのように名前を口にはしてくれなかった。
(私……ずっとモヤモヤしてたんだな)
本当は彼に、名前を呼んでほしかったのかもしれない。
だから初めて名前を呼ばれたあの時、先輩の方を振り返ることすら頭の中から抜け落ちてしまったのだ。
(……嬉しかったから)
問い掛けた怜央くんは、どうしてだか答えを返してはくれない。
それを不思議に思って距離を詰めた私は、心臓が大きな音を立てたことに気がつく。
「怜央くん……?」
「…………ハズイだろ、好きなひとの名前呼ぶのとか」
「っ……!?」
視線を逸らしてそっぽを向いても、真っ赤になった耳までは隠すことができていない。
前言撤回。
これが親愛の情ならば、きっとこんなに心臓はうるさくならない。
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