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17/41

17:キミという人間


「え、ここって……!?」


 怜央くんに連れられてやってきたのは、まさかまさかのホストクラブだった。

 そんな場所とは無縁の生活を送っていた私は、外観がそれっぽい違う店なのではないかと可能性を模索する。


 けれど、足を踏み入れた店内は間違いなく、ドラマで目にしたことがあるようなホストクラブそのものだ。


(ま、まさか怜央くん……ホストやってるってこと? けどお酒扱うだろうし、そもそも18歳だし未成年ってこういうトコで働けるんだっけ……!?)


 混乱している私をよそに、怜央くんは慣れた足取りで店の中を歩いていく。


「いらっしゃいませ……って、なんだレオじゃん。そちらの女性は? ご新規様?」


「ちげーよ、客じゃない。リューさんいる?」


「ああ、それなら店の奥にいるぜ」


「ドーモ。行くよ、オネーサン」


 フロア手前の廊下に立っていた黒服の男性は、どうやら怜央くんの知り合いらしい。私は腕を引かれるまま男性に会釈をして、店の奥へと進んでいく。


「いらっしゃいませー!!!!」


「うわ……」


 数名の男性が通路の両サイドに並んで、私と怜央くんを元気よく出迎えてくれる。

 その誰もが派手だったり整った顔立ちをしていて、すぐに彼らはこの店のホストなのだとわかった。


「あれ、レオだ。女連れで見せつけにでも来たのかあ?」


「レオ~、そんな急がねえでも少しお喋りしてけよ」


「邪魔。時間ねえんだよ、また今度な」


 怜央くんはホストたちに絡まれているが、そう言うと彼らはあっさり離れていく。

 からかわれている口振りではあったけれど、嫌な感じはしなかった。きっと、怜央くんに対して好意的な人たちなのだろう。


(だけど、これじゃあいよいよ怜央くんがホストってことに……)


 バイトは接客だと言っていたし、ホストをやっていると言われても十分に通用するとは思う。

 混乱している私の思考は置いてけぼりのまま、怜央くんは賑やかなフロアの奥にある『スタッフオンリー』と書かれた黒い扉を開けた。


「いた。リューさん、ちょっといい?」


 扉の先は、スタッフの休憩場所にもなっているのだろう。

 先ほどまでの派手で華やかな雰囲気とは一転して、広めではあるが普通の事務所のようだ。


 革張りのソファーやロッカーなどが置かれていて、少し散らかっている様子が男所帯らしい。

 そのソファーの真ん中に座って書類らしきものに目を通していた男性が、怜央くんの呼び掛けに反応して顔を上げる。


 体格のいいその男性は、髭を生やした少し強面(こわもて)の風貌をしていた。

 万が一にも怒らせたら、――大変失礼な話ではあるけれど――指の一本や二本詰められてしまいそうな雰囲気がある。


「何だ怜央、こんなトコまで来やがって。金なら今朝渡したろうが」


「ちげーよ。家の鍵、リューさんが二つとも持ってっちまったから入れねえの」


「ア……? マジか、ちょっと待て」


 リューさんと呼ばれるその男性は、怪訝な顔をすると立ち上がって部屋の隅に投げ出されていた鞄を漁り始める。

 少しして、目的の物を見つけたらしい。彼が投げて寄越したそれを、怜央くんは片手で器用にキャッチした。


「サンキュ。んじゃ帰る」


「おう。裏口から出てけよ、客がいんだからわざわざフロア通るんじゃねえ」


「ウィース」


「お、お邪魔しました……」


 連れてこられたからには、この男性に会わせるつもりなのかとも思ったのに。

 特に紹介をされるわけでもなく、どうすれば良いかわからない私は軽く頭を下げてから怜央くんと共に店を後にした。


「あ、あのさ……怜央くんて、もしかしてさっきのお店で働いてるの?」


 ホストクラブを出てから少し歩いたところで、人通りもまばらな公園に辿り着く。

 怜央くんに促されるままベンチに座った私は、黙っていることもできずに気になる質問をぶつけてしまった。


「まさか。ちげーよ、リューさんがあそこのオーナーやってて、オレは家の鍵貰いに行っただけ」


「そっか……」


 あっさり否定されたことで安心したものの、彼の言葉にまた新たな疑問が生まれ出てきてしまう。

 家の鍵を受け取ったということは、あのリューさんという人は怜央くんの父親なのだろうか?


 けれど、呼び方からして違う気がする。それならば、大家さんか何かかもしれない。


(でも、ホストクラブのオーナーって言ってたし……兼業してる人……?)


 考え始めれば、疑問は次々に湧き出てくる。

 しかし、そんな踏み込んだ質問をしてはいけない気がして、私は口をつぐむしかなくなってしまう。


「リューさんはさ、オレの保護者みてえなモンなんだよ」


 私がそんな風に考えているのを、彼は見越していたのだろう。

 頭の中に浮かんだ疑問を解消してくれたのは、怜央くんから発された言葉だった。


「保護者……?」


「そ。オレ両親いねえんだけど、未成年が一人じゃ暮らしてけねえだろ? リューさんはお袋の兄貴で、オレにとったら伯父だな」


 まるで世間話をするようなトーンで、私は今とんでもない重要なことを聞かされたのではないだろうか?


「あ、リューさんは龍神(たつがみ) 統一郎(とういちろう)が本名なんだけどさ。リュージンの方がカッコイイし、そっから略してリューさん」


 笑顔で話を続ける怜央くんだが、今の私の頭の中はそれどころではない。

 彼もそれに気がついているのだろう。私の顔を見て、ちょっとだけ困ったように眉尻を下げる。


「別に、よくある話だろ。物心ついた頃には親父が蒸発してて、女手一つで育ててくれたお袋は中学入った頃に過労で逝っちまった」


「そう、だったんだ……」


「ガキの頃から可愛がってくれてたリューさんがオレを引き取って、今も一緒に生活してんの」


 そうか、だからリューさんが怜央くんの家の鍵を持っていたのだ。


「けど、いつまでも世話になりっぱなしってわけにもいかねえし。少しでも多く稼ぎたくて、リューさんに頼み込んだんだ」


「それって、今やってるバイトのこと?」


「そう。リューさん結構手広くやっててさあ、レンタル彼氏って知ってる?」


 レンタル彼氏というと、以前にテレビか何かで見た覚えがある。

 確か、お金を払ってレンタルした彼氏とデートをしたりするというものだ。


「ホントは高校生NGなんだけど、色々と融通きかせてくれてさ。リューさんの知り合いだけって条件で働かせてもらってんの」


「すごい、リューさんってやり手なんだね」


「まあ、結局リューさんの世話になっちまってる状態だけど。普通のバイトより給料いいし、卒業したら本格的に独り立ちするための貯金中」


 まだ高校生だというのに、怜央くんはしっかりと先を見据えて生活をしていたのか。

 こんな風に真っ直ぐな性格をして成長できたのも、リューさんのお陰なのかもしれない。


「ってことだから、オネーサンの勘違い」


「へ? 勘違いって、何の……?」


 話に耳を傾けていたところで、怜央くんの声の調子が変化する。いつも通りのような、少しだけ拗ねているような声。


「だーから、オレに彼女がいるとか思ってたんだろ? それ、違うから」


(そうか……あの時のツインテールの子、彼女じゃなかったんだ……)


 彼の言わんとしていることを理解した私は、安堵して自然と肩の力が抜けていた。


(ん……? 私、どうして安心してるんだろう……?)


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